染み抜きは吉村誠と、弟の吉村剛の二人で担当する
日本の染み抜き・クリーニングはなぜ世界トップレベルなのか
そもそも衣料大国のイタリアやイギリス、アメリカ、フランスの衣料は洗うことを前提に作られていない。
下着やシャツは洗うが、スーツやコートはブラッシングで汚れを落とす。
ジャケット、スラックス、ニット、スカート。
世界的にはドライクリーニングは希だ。
「日本は四季があって、衣替えがあって、高温多湿で汗染み、脂染みが衣類につきやすく、クリーニング技術が発達したのでしょう」
プレス機の湯気があがる
私は、環境的な事情だけではないと考える。
日本のクリーニング技術が、世界のトップを極めたのは、清浄(しょうじょう)の姿勢が受け継がれてきたからではないか。単に見た目にきれいという次元に留まらない。
清らかであること。穢れがないこと。詐(いつわ)りがなく、私欲からの欺きをしないこと。罪悪がないこと。純粋であること。潔いこと。晴れやかであること。
そうだ日本晴れというではないか、晴れ着というではないか。
雲ひとつない快晴の空を、尊ぶのは、日本人だけだという。
海外からの旅行者が驚くのは、街や道にゴミが落ちていないことだという。
無駄な動きがなく、作業は素早い
日本は清浄の国なのである。日本人は清浄であることを戒めにしているのである。
清浄は、世界に誇るべき日本の精神性だ。いや誇っては清浄の精神ではなくなるが。
「それでもファスト・ファッションの普及で、服は使い捨てが当たり前になり、クリーニングしてまで大切に着る文化が日本からは失われつつあります」
クリーニング業界が下降していく時代だからこそ、量をこなすのではなく、質の高い技術を提供する経営戦略に打って出たのが、クリーニングよしむらである。
私たちが取材に訪れて、驚いたのは、地の利の不便であった。
東京都の奥地の在来線の最寄り駅からバスで20分かかる。
私の経路を述べれば、午前9時からの取材に間に合わせるために、午前5時30分に出発しなければならなかった。都心から片道3時間30分かかったことになる。
門倉珠枝はこの道30年。「誠社長が子供の頃から働いているの。だから言いたいこと、何でも言っちゃうわよ」
創業54年を迎えるクリーニングよしむらが通常のクリーニングをも請け負いながら「染み抜き屋」のネット店舗を展開したのは、6年前の2013年のことであった。
宅配で染み抜き依頼の衣類を預かり、宅配で仕上げた衣類を送る。
地の利の不便さを逆手にとった経営戦略がズバリと当たった。
量よりも質を追求してはいるが、1日に100着から150着の染み抜きを、吉村誠と弟の吉村剛の二人でこなす。大量であると言える。
それぞれが工場の入り口に、一畳ほどの仕事場に立ち続ける。椅子に座る仕事はない。
スタッフの女性たちは潜水艦の乗組員のようだ
工場の奥では、女性たちが仕分け、ドライクリーニング、水洗、乾燥、プレス、アイロンがけ、包装の仕事にまったく手を休めない。
ときおり蒸気が昇る工場を眺めていると、ビートルズの『イエローサブマリン』が私の頭の中に流れた。
Action Station(配置に着け)! We All Live in a Yellow Submarine……(私たちは皆んな黄色い潜水艦に暮らしている)。
乗組員の彼女たちの心は今日も清浄で、衣類は汚れから解放されて美しく、副長の吉村剛と船長の吉村誠は、難航に思われた染み抜きを、快晴の空のように仕上げていく。
吉村誠はストイックなオーラをまとっていない職人である。
いや、そのオーラを私が見抜けないだけかもしれない。オーラを隠しているのは、乗組員の彼女たちの笑顔に違いない。
取材・文章/浦山 明俊
撮影/戸澤 裕司・吉野 健一
編集/吉野 健一
記事内容に関する問い合わせ窓口:一般財団法人雇用開発センター
問い合わせフォームか、03-6550-9516まで