絆、愛情、願い、感謝、心意気を清浄にする
吉村誠は縞柄のワンピースに付着した血液の染み抜きに取りかかった。
酵素を使って汚れを落とすのだそうだ。
こすったりはしない。酵素を浸透させる。そしてバキュームで吸い落とす。
「私のところに染み抜きを依頼してくる人は、皆さん、浦山さんと同じ思いからですよ。高価だからもったいないという理由じゃないんです。愛着や、思い出や、家族との絆が服にはこもっているんですよね」
家庭では落とせなかった血液の染みが落ちた
母から贈られたベビードレス。赤ん坊の頃に着ていたそのドレスを、出産した我が娘に着せてやりたい。そのドレスはカビと黄ばみにまみれていた。
ウエディングドレスの依頼も多い。専門のクリーニング業者はいるが、黄ばみ汚れは落とせても染みまでは落とせない。
父親が着ていたイギリス製のトレンチコート。カビと黄ばみにまみれているが、自分が着たい。
社会で精一杯働いた父親から、いま社会人としてスタートを切る自分が着たい。トレンチコートは、バトンタッチの象徴だ。
カーキ色のジャケットの橙色の変色を補色するため青色の染料を支度する
吉村誠は、白いデニムに付着した泥はねの染みを抜き始める。
「オレンジオイルを配合した中性洗剤で、泥のかたまりを溶解して、蒸気と水の圧力で叩き出すんです」
この方法だと、インクジェットの染料の染みも抜くことができるという。
吉村誠が、次に取りかかったのはカーキ色のジャケットだ。
薄オレンジ色に退色して、染みのように見える。が、これは色褪せだという。
補色を始めた。青色の染料を載せていく。
「変色した色褪せには、元の色を載せるのではないのですよ。橙の変色には青を補うんです」
紫の色褪せには、黄色を補う。緑色の色褪せには赤色を補う。
橙色の色褪せに青色の染料を補う
吉村誠は、不入(いらず)流の師範である。
不入流は染み抜きの技術的な流派で、高知県に発祥した。
1980(昭和55)年、高橋勤が各派の染み抜き技術に加えて独自の染み抜き技法を生み出し、四万十川の源流である不入山から名をとって、不入流を確立した。
全国にシミ抜き技術を学べる教室を展開し、技能を習得した者に免許を与えるシステムで発展してきた流派である。
吉村誠は11年の学徒で6年前、2013年に師範の資格を取得した。
ペンキも、インクも、接着剤も落とす。
1つの染み抜きにかける時間は5分。手間のかかる染み抜きで1時間。
Tシャツの黄ばみ、シャツの襟汚れ、ダウンジャケットの色褪せ。
「日本のクリーニング技術は世界のトップレベルです。これを日本人があまりご存じない」
私にはイタリアの洗濯婦、イギリスのテーラーの御用達のクリーニング店のイメージがあるが、
「生地に合わせた衣類の洗いわけ、染みを徹底的に抜く技術、純白へのこだわり、アイロンや畳みなどの手仕事をいとわない献身。それに何より価格が安い」
技術的に優れたクリーニング屋は、アメリカのハリウッドにもあるが、料金は高いという。
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