愛着があるからだ。高価だからではない
吉村誠のもとには全国から染み抜きの依頼が寄せられる。
じつは私もそのなかの一人だった。ヘアカラーの染みをシャツに付けてしまったのだった。
白髪を黒や茶に染めるヘアカラーは色の定着が強固だ。
衣類に付着してしまうと、落ちない。
そう私はやらかしてしまったのである。
今年で61歳になる私はタネ明かしをすると、頭髪は白髪交じりで、口ひげにも、あごひげにも、白い毛がまだらに混じっている。
1週間に1回程度、白い毛をヘアカラーで染める。
シャツを着たまま、ヘアカラーを付着させたのではない。
染み抜きのための薬剤は多種多様
その夏の日は汗だくになるほど暑かった。
取材で愛知県にいた。ひげからも汗が流れていたらしく、シャツを脱いでから気がついた。
数日前にひげを染めたヘアカラーが汗とともに流れて、シャツの襟に付着したのだ。
ターンブル&アッサーの青いシャツの襟に、茶色いヘアカラーの染みが広がっていた。
私はその青シャツを捨てられなかった。
着続けてきたことから、身体になじんできて動きやすくストレスがかからなくなったその青いシャツを着続けたいと願ったのだった。愛着の一着であった。
白いデニムに付着した泥はね染みが落ちている
自分の住む街のクリーニング店に、しかも染み抜きコースで依頼した。しかし濃茶が落ちた程度だった。えりに広がる薄茶の染みは注視されれば悟られてしまうほどに残っていた。
ネクタイを締めると、どうしても襟に視線は集まる。
襟の染みは見過ごせないレベルだった。薄くはなっていたのだが、許せなかった。
百貨店に店舗を構えるクリーニング店に持ち込んだがダメだった。最高の技術レベルと評判の店舗だった。
「なんとかならないものか」
ネット検索をした。たどり着いたのが、染み抜き屋・クリーニングよしむらだった。
日本のクリーニング技術は世界最高レベルと語る吉村誠
「今回もダメだろう。しかしあきらめたくないからなぁ」
と宅配便で、染みが取れなかった青シャツを送った。
返送されてきた宅配便の箱を開いて、驚いた。
襟の染みはすっかり抜け、うっすらとすら残っていなかった。
「襟の芯地(スティフェナーズ)が変形して曲がっていたので、新しい芯地を入れておきました。純正品ではないことをご容赦ください」
度重なる染み抜き依頼のクリーニングで、いつしか襟の芯地が変形していたことに、私は気がついていなかった。
文芸賞の授賞式パーティーに招かれた。初秋になっていた。
そのときにターンブル&アッサーの青いシャツに久しぶりに袖を通した。
感動したのだろう。思わず筆を執ったのだろう
すっかり染みが抜けて新品に生まれ変わったかのような青いシャツに濃紺のネクタイを締めながら、私は、
「いつか、この染み抜き職人・吉村誠に会いたいものだ」
とネイビーのスーツに身支度を調えたものだった。
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