落ちない染みをとことん落とす染み抜き職人 吉村誠

 

 

職人らしくないクリーニング屋の社長

 

職人はときに哲学者のようにもの静かで、ときに百戦錬磨の戦士のように果敢で、ときに求道者のようにストイックだ。

 

完成させた成果は製品にすぎないがときに作品とも、ときに美術品とも呼べる価値を生み出す。

 

そして時代の変遷に耐えて長く残る。人々から長きにわたって評価される。

 

職人の生き様とはそうしたものだ。職人の仕事とはそうしたものだ。私はそう思っていた。

 

クリーニングよしむらの、染み抜き職人、吉村誠はそうしたオーラをまとっていない。日常の仕事を日常としてこなす。

 


染み抜き台はバキューム方式になっている
 

吉村誠が仕事に入る。

 

レバー式蒸気噴射機をガンマンのように構える。

 

染み抜きを施す衣類を平らな染み抜き台の上に広げる。

 

コットン100パーセントの真っ白な女性もののニットセーターだ。

 

「ヘアカラー、つまり白髪染めが付着してしまったんですね、これは」

 

吉村誠は、にこりと笑ってニットセーターを見つめる。

 

にこやかな瞳が、シミの広がる布地の一点に注がれる。

 

眉をひそめることはない。息を殺すこともない。

 

平常心の心構えが吉村誠の仕事ぶりだ。

 


筆先で洗剤などの液体を繊維に浸透させ、蒸気と水圧で染みを叩き出す
 

「この染みはアルカリ性なので、酸性の液体を使って中和します」

 

中和剤、漂白剤、洗剤などの液体を適量に注ぐ。

 

筆先で薬剤を染みに載せるように、僅少に指先を動かす。

 

強く、弱く、弱く、強く。

 

吉村誠が染みの付着した布地に向かって、その汚れを標的に早撃ち拳銃を連射するように、蒸気を吹き付ける。吹き付ける角度をあちらからこちらからと変える。

 

染み抜き台の下は、バキューム式の吸入孔になっていて、裏に抜けた染み汚れを吸引してしまう仕掛けだ。

 

こうして、繊維の奥まで染めていた染みを叩き出し、吸い取ってしまう。

 


繊細な色のコートに念入りな打ち合わせをする
 

吉村誠が、染み抜きの仕事場にしているのは、自分が社長を務めるクリーニングよしむらの工場の一角だ。

 

染み抜きまでを必要としない、一般的なクリーニングを女性を中心とした従業員たちが洗濯し、乾燥させ、アイロンをかけて、丁寧にたたんでいる。

 

せわしなく動いているが、誰も他人とぶつからない。

 

あ、うんの呼吸があるように、それぞれの仕事をこなしている。

 


狭い工場の中を誰もが誰ともぶつからない
 

従業員同士で話し合い、どのようにして汚れを落とし、かつ衣類を傷めないで済むかを相談している。何より仕事場には笑顔がこぼれるのだ。

 

働かされているのではなく、率先して働いているのだ。

 

働くことが強要的で、労働は苦難と我慢の切り売りで、効率を迫られ、ついていけない者は切り捨てられる。

 

そんな労働環境が増えた令和の日本にあって、昭和の高度経済成長期にみられたような、働くことが自分を磨き、隣の人は家族のような仲間で、価値を生むことで自分の将来を開き、仕事場を、社会を、日本の国家を進展させていく。

 


ところ狭しの工場が潜水艦の船内に見えた
 

そんなノスタルジックな光景を思い起こさせるクリーニングよしむらの工場に、私は懐かしささえ覚えた。

 


 

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