武道の神髄が宿る火縄銃を修繕する 内大輔

 


銃身の筒を洗浄し終えて、炭火で内部の水分を飛ばす

 

イースト・ミーツ・ウェストが原点

 

内大輔は、ゲームボーイには興味がない子供だった。

 

神社や寺院の境内が好きだった。
石や岩に生える苔を、飽きずに見つめ続けた。
骨董店、古道具屋、民芸店。おもちゃ屋にいるよりは、いにしえを感じられる空間にいた。

 

5歳から、劇団ひまわりに所属した。児童俳優を養成する劇団事務所である。

 

「NHKの大河ドラマ『春日局』で、五郎太丸を演じました」

 

江戸時代を描いたドラマで、着物を着られる役が、何よりうれしかった。
いにしえの時代を、生きていられる実感があった。

 


パーツを一から作り出すこともある、内大輔の仕事机

 

中学2年生のとき、栃木県の日光ウェスタン村を訪れた。
鉄道会社に勤務していた親戚の招きに応じた訪問だった。

 

「乗馬がある。ムチがある。投げ縄がある。投げナイフがある。古き時代のアメリカがそこにはあったんです」

 

観光客を喜ばせる、西部開拓時代のショーに出演するほどに、夢中になっていた。

 


主な仕事は、内大輔の自宅の庭で行われる

 

和装をまとうのと同じように、ウェスタンシャツにジーンズを着て、ウェスタンブーツを履き、テンガロンハットをかぶった。

 

「高校時代のあだ名は、ウェスタンでした」

 

ナバホ族のインディアン・ジュエリーに魅了された。

 

子供時代に寺社に囲まれ、石苔を愛し、古民具にいやされた内大輔にとって、それは受け入れて当たり前のいにしえの美しさだったのかもしれない。

 

 


火縄銃の玉(弾丸)は鉛を溶かして、玉型に流し込んで作る

 

「アメリカインディアンについて、もっと学びたいと思いました」

 

東海大学のアメリカ文明学科に進学した。

 

学舎の内側で、講義を受け、文献を読むだけでは、内大輔の学究心は満足できなかった。

 

アメリカに渡り、ナバホ族の生活のなかに飛び込んだ。

 

インディアンジュエリーを手作りする技術を身につけた。
革細工を手作りする技術を身につけた。

 

作ることは、なぜ、そう作るのかを探求することであり、どういう手順でそう作ったのかの原点を、その意味を探求することである。

 


放った後の火縄銃の筒の内部には、これだけの煤が溜まる

 

火縄銃の尾栓のネジには、インチもミリも寸尺の単位もない。

 

「ネジを筒と、どうやって合わせたか。まず尾栓にネジ山を刻みます。次に筒の鉄を熱します。鉄筒がまだ冷め切らない微妙な柔らかさを保っている一瞬のタイミングで尾栓を鉄筒に差し入れて、ネジ山を転写させたんです」

 

ネジを工具で掘削したのではない。

 

現代人が思いもつかない技術で、日本人は火縄銃を作っていた。

 


火縄銃を傷つけないように布を挟んで器具の寸法を調整する

 

いにしえの物作りを、アメリカインディアンの技法に学んだ内大輔は、火縄銃のネジの刻み方を、現代人の先入観なく理解したのである。

 


 

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