和菓子屋が守る3つのきずな・スバル最中

 

 

スバル最中はこうして誕生した

 

伊勢屋は群馬県太田市にある和菓子屋である。

 

団子がある。どら焼きがある。きんつばがある。
どこの町でも見かけるような、小さな和菓子屋である。

 

伊勢屋が他の和菓子屋と異なるのは、スバル最中が店頭にあることだ。

 

そう、伊勢屋は株式会社SUBARU製造本部群馬製作所の目の前にある。

 

ひとつ一つが丁寧に手作りされる

 

スバル最中は、スバルレガシィをかたどっている。

 

初代スバル最中はスバル360をかたどっていた。

 

1958年に登場したスバル360は、なんと言っても安かった。
月収が数千円だった昭和の庶民にとって、国産でも100万円前後の自動車は高嶺の花だった。

 

そこへ登場したスバル360は、安価でありながら、軽自動車として、大人4人の乗車が可能であり、当時の水準を超える走行性能を実現した。

 

マイカーという言葉が誕生した。

 

旧・富士重工(現・SUBARU)のファンが日本中に広まった。

 


スバルレガシィを愛らしく型にデザイン

 

スバル最中が誕生したのは、そんな1961(昭和36)年のことであった。

 

伊勢屋三代目当主の岡田喜浩が当時のエピソードを話してくれた。

 

「旧・富士重工(以下SUBARUに名称統一)の健康保険組合の10周年を祝う際に、来
賓のお客様にお土産を差し上げたいと私の祖父に相談があったそうです」

 

伊勢屋初代の岡田喜四郎は、それなら最中はどうだろうと答えた。

 

まだ製造途中のスバル最中のあん

 

「あんこを使う菓子のなかで最も火を通すのが最中なんです」

 

保存料、添加物なしで最も衛生的な和菓子が最中なのだと言う。

 

スバル360をかたどった初代スバル最中はこうして誕生した。
2代目スバル最中はレオーネをかたどっていた。
3代目のレガシィをかたどったスバル最中は2004年に刷新された。

 


団子もきんつばも、そしてスバル最中も並ぶ

 

しかし新車種が発表されるごとに、スバル最中もモデルチェンジとはいかないという。金型屋は日本に3軒しか残っていない。それだけが理由ではない。

 

「最中の皮の金型を作るのには予算がかかりますから」

 

岡田喜浩のこの言葉に、町の和菓子屋の矜持がある。

 

「スバル最中の価格に、金型代をのせて値上げするわけにはいきませんから」

 

伊勢屋はどこの町にもある和菓子屋をつらぬく。

 


何万個のスバル最中がこの金型から作られたのだろう

 

初代の岡田喜四郎は、つねに言葉にしていたという。

 

「ぜったいに広告宣伝してはいけない。そんな予算があるのなら、材料費に使え」

 

だから、スバル最中は知る人ぞ知る、小さな町の小さな和菓子屋が提供する名物なのである。
そんな話を聞いているときに、高齢の男性が伊勢屋を訪れた。

 


 

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