破ることで守る伝統工芸 蒔絵師・野村大仙の挑戦

 

 

息を殺して漆を活かす

 

試みは、時代にあらがう格闘で終わるのか。
試みは、それとも日本の伝統工芸、蒔絵の未来への扉を開くのか。
野村大仙は、息を殺して朱色の漆をふくませた細い筆先を黒くにぶく輝く板の上に置く。
蒔絵を施すのは、2つのモチーフを描くモニュメント(記念碑)である。
バイク、マリン製品などで知られるヤマハ発動機株式会社と、楽器、オーディオ製品などで知られる株式会社ヤマハは、2つの異なる企業であるが、ともにヤマハのブランドを有している。

 


漆の筆を静かにおろす野村大仙

 

2108年10月12日から14日、場所は東京・六本木ヒルズ。
ヤマハ発動機株式会社と株式会社ヤマハの合同デザイン展が催された。
2つのモチーフを描いたモニュメントは、その会場に掲げられた。
さかのぼること、私は石川県能美市徳山町にある野村大仙の工房をたびたび訪ねた。
7月29日に最初の訪問をした。次に訪れたのは8月21日と22日だった。
猛暑だった2018年の夏だ。スーツの下に着たシャツが肌に張りついたのを覚えている。
蒔絵によるヤマハディのモニュメントが、製作されていく工程を見るためだった。
訪ねるたびに、蒔絵を施す行程が進む。その様子を見られるだろうと期待した。
期待は私の思い込みに過ぎなかった。

 


乾く前の漆の上から金粉を蒔き、沈殿させて意匠を浮かび上がらせる

 

都会のマンションの新築工事のように、みるみるうちに完成するものではないらしい。
建築家アントニオ・ガウディの手がけたサグラダ・ファミリア教会(1884年着工~2026年完成予定)のように昨日と今日との製作の進行に、私のような素人は気がつくにも見抜けない。

 


鶴書(つるがき)という筆は太い線を描くとき、根朱替(ねしゅがわり)は細い線を描くときと使い分ける

 

野村大仙が工房のある2階から、階段を降りる。
「おぅ、もうこんな時刻や」
壁掛け時計を眺めてからコーヒーを淹れてくれた。
「平蒔絵、高蒔絵、木地蒔絵、研ぎ出し蒔絵など手法は様々なんです」
蒔絵は、漆器の表面に漆で、絵や文様、文字などを描き、乾かないうちに金や銀などの金属粉を「蒔く」ことで、漆器の表面に定着させる技法である。
コーヒーカップを傾けている間は、野村大仙は多様で複雑な蒔絵の技法について、淡々と説明を続けた。

 

研磨炭はその生産地が減少して、現在では福井県の田庄村(現おおい町)のみとなっている

 

コーヒーを飲み終えてしばらく経った。野村大仙は、ふくさに包んだ桐箱を運んできた。
目を細めて野村大仙は、自分の作品を桐箱から取りだして私の目の前に並べ始めた。
「平蒔絵ひとつとっても、まず薄手の美濃紙に下絵を描きます。次が置き目と呼ぶ工程です。裏面に粉入漆で、透けて見える下絵のアウトラインの線を描き入れます。それから文様を粉入り漆で描く地塗りに移ります。そして粉蒔きをします。それから粉固めをします。磨きを施します。上絵付けに移るのはそれからです。すべての工程ををこなして、やっと、ひとつの蒔絵作品が出来上がるっちゅうわけです」

 

金粉を惜しみなく使う

 

蒔絵という日本の伝統工芸の行程は、気が遠くなるほど手間と時間と費用がかかる。
蒔絵の職人技を多くの人たちは知らない。知ろうという気持ちすら持たない。
「えっ、そんなに高額なの?」
「手間をかけずに、プリントすれば安く作れるじゃない」
「棗とか、文箱とか、長皿なんて今どき誰が使うの?」
こうした声をかけられるたびに、野村大仙は頭を抱えてきた。
「伝統工芸は求められないのか。技能は理解されないのか。蒔絵はもう時代遅れなのか」
野村大仙はさすらい続ける伝統工芸職人なのであった。

 


 

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