樹木を活き活きと世話する小品盆栽 山崎ちえ 広瀬幸男

 
山への想いが盆栽師の道へ

 

登竜門とは、難関を意味する。越えようにも越えられない人生の難関に人は悩まされる。

 

そもそもは大河に鯉がたくさん泳いでいて、関所のようにそびえる激流の高い滝が大河にはあって、天に通じる激流のその高い滝を泳ぎ登れた鯉だけが竜に変じられるという言い伝えがある。登れば竜になれる門。登竜門の語源である。

 

山崎ちえがプロの盆栽師になった来歴を知ると、登竜門は青春の門とリンクしているのではないかと思えてくる。

 

 

山崎ちえが、仕事場で五葉松の古葉を取る。

 

「みずみずしい葉と、くすんだ葉を見分けるんです。くすんだ葉は見つけたらピンセットでつまみます」

 

手を止めずに、五葉松の盆栽に注視したまま、山崎ちえは私に言った。

 

「五葉松はハイマツの香りがします。ヒノキは樹林帯の香り、真柏は休息の香りです」

 

盆栽の香りは、山登りの記憶からよみがえる香りだ。

 

五葉松の香りはハイマツをかき分けながら山道を進んだ記憶である。
ヒノキの香りは樹林帯を見上げて歩いた記憶である。
真柏の香りからは樹々の根元で休憩した記憶がよみがえる。

 

 

山崎ちえは、山登りが大好きな少女だった。

 

小学生の頃は、ワンダーフォーゲルに親しむ父に連れられて、丹沢山などに登った。山小屋に泊まり、キャンプに親しんだ。

 

大学は法学部に進んだ。部活動でワンダーフォーゲル部に所属した。部員は4人。
男性が3人、女性は山崎ちえがただ1人。

 

北アルプス、南アルプス、八ヶ岳。15日間をかけた縦走。
遠い山の景色、足元の土道、岩道、山林から森林へと深く繁る樹木。
大樹の木陰、渓流、風。そして土の香り、森林の香り、雨降る山の雨の香り。

 

青春の大学生活は、山岳に親しんだ記憶として山崎ちえの心身に刻み込まれた。

 

大学を卒業して、企業に就職をした。営業事務のデスクワークの日々が続いた。
「電車に乗りたくないな」
都会の言い訳めいた緑は、山崎ちえを癒やしてはくれなかった。

 

誰もがそう進むからと就いた仕事には疲弊するばかりだった。
山の緑が、樹の香りが懐かしい。

 

 

半年が過ぎた。

 

「会社勤め帰りの本屋さんの園芸関係の本棚で立ち読みしていました」

 

花の写真集、樹木の学術書、庭木の手入れのノウハウ本。
たくさんの書籍のなかに、盆栽の本を見つけた。

 

「どこかで開催する盆栽展の、何かのポスターを見て、盆栽というものが、この日本にはあるという程度の認識しか持っていませんでした」

 

盆栽の書籍は、会社勤めに疲れ果てた山崎ちえの、ふとした買い物でしかなかった。

 

青春の門と、登竜門とがリンクするとは、山崎ちえ自身、思ってもみなかった。

 

「会社から帰ると、盆栽の本の樹木の緑を、憧れのカタログ集を眺めるように読み続けていました」

 

山崎ちえの部屋の本棚には、盆栽の写真集が置かれていた。
勤めに疲れて、帰宅すると盆栽の本を開いた。まるで宝物を隠している少女のように。

 

好きなことを仕事にして生きていくとは、山崎ちえは思っていなかった。

 

フリーランスで、プロの職人として、生きていけるとは思っていなかったのである。

 


真柏はヒノキ科のミヤマビャクシン。初心者にも育てやすい

 

それから1年くらいは、自分の部屋に5~6本の盆栽を置いて、世話をしつつ眺める日々が続いた。世話の仕方は書籍から学んだ。それでも足りず盆栽教室にも通った。

 

趣味は盆栽と、やっと言えるほどの、アマチュア盆栽愛好家だった。

 


 

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