叩いて熱してまた叩くの繰り返しから強度が育つ
あて台に、あて棒を打ち込むときの音は大きい。
ドシンッと、槌で打ち込むと、仕事場どころか笠原信雄の家そのものが揺れるほどだ。
銀盤を上方に絞り込んで球体の面を叩き出す
「いまは夕方の5時くらいに仕事を切り上げるけれど、昔は夜中まで仕事をしていましたよ。そうしたら、槌を打つ音がうるさいってんで、近所の人からパトカーを呼ばれたことがありましたっけね」
銀器を、あて棒にあてがって、様々な槌に取り替えながら叩く。
木槌から金槌に、さらに小さな金槌に。
トントントントン、カッカッカッカ、トットットット、テッテッテッテ……。
8分音符が、短い16分音符に変わる。
しばらくすると笠原信雄は立ち上がって、叩いたばかりの銀器を部屋の奥へ運んだ。
ゴーッという音とともにバーナーの炎が、銀器を包む。
炎で熱して、なます。なまして柔らかくする。
熱が逃げて触れられる程度に冷えたら、また叩く。
なまされて冷えた銀器に触ると、金属らしからぬ柔らかさになっていた。
また叩き、そしてバーナーの炎で、なます。また叩く。その繰り返しである。
「銀は叩くと縮まって硬くなるんだ。だから叩いて硬くなったら、炎にくべて柔らかくする。そして叩いて、また硬くしていく。そういうことです」
そういうこと、とは仕事を始める前に笠原信雄がポロリと発言した
バーナーの炎で作りかけの銀器をなます
「だいいち、へしゃげるようには私は作ったりはしねぇもの」
という純銀100パーセントでも強度を持った銀器に仕上げるという自信のことだろう。
江戸っ子は照れ屋なので、
「私が作る物は、技術の裏付けがあるので壊れたりはしない」
と自己主張をしない。まして職人ともなれば、その照れはいっそう強い。
しかし、照れの裏側には胸を張ったりはしない誇りが隠れてもいるのだ。
しわが寄らないように球体へとしぼってゆく
「平たい物を丸くしていくということは周囲を小さくしていくわけ。ようするに長いものを詰めていくわけだ。普通に考えればそこにはしわが寄るでしょ。そのしわを重ねてしまうと、切れちゃう。おもてっ面(つら)ではきれいな面(めん)に仕上がっているように見えても、隠れたしわから亀裂が入っちゃう。壊れてしまうわけですよ。そうはさせない」
だからしわが寄らないように、槌で叩いて銀を伸ばしている。
「叩いて銀が硬くなる。するとしわが寄りにくくなるんだけれど、金属だから、どんどん伸びていってしまう。それだと製品にまとめられなくなるわけだ。それも困る。だから、きちんと製品に修まるように、根気よく慎重に叩いていくんですよ」
笠原信雄の槌での叩き方は一様ではない。真正面から叩いたかと思うと斜め横から叩く。縁を整えるときには強く叩く。
だが槌を打つ手の流れは、惑星が描く軌道のように自然で美しい。腕を振り上げることもない。
銀器作りの道具は手の届く半径に置かれている
笠原信雄の手仕事を見つめていた。叩いた木槌を銀の表面に、スッとすべらせる瞬間があった。
私はその手さばきの一瞬を見つけて、思わず尋ねた。
「それが、しわを伸ばす職人技だというわけですね」
しかし笠原信雄は、それを技術だとは認めなかった。
あて棒を次々と取り替えて銀器を叩き出す
「いやぁ、これは私の癖。ただの癖だよ、長いこと銀器を叩いているうちに身についた癖だね」
と、高度な技術を、あくまでも癖だと言い張って、やはり照れを隠す笠原信雄なのだった。
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