日本の原風景を象徴する茅葺き屋根

 

文化財の守り人

 

黒澤明監督作品の『デルス・ウザーラ』(1975年公開)にこんなシーンがある。

 

1902年、アルセーニエフ隊長は当時ロシアにとって地理上の空白地帯だったシベリアの地図製作の命を政府から受け、探検隊を率いた。

 

野営した夜に、アジア系先住民の猟師デルス・ウザーラが現れ、彼らに同行する。

 


人が暮らすことで茅葺き屋根は生き続ける

 

隊長とデルスが2人きりで、天気の良い原野に立っていたとき、遠くからブリザードの風が竜巻のように向かってくるのを2人は見た。

 

「隊長、わしら、うんと働く」

 

デルスが刈り取り始めたのは、原野に生い茂る芒だった。

 

理由も分からず、隊長も芒を刈り始める。

 

大量の芒を刈り、体力の限界に隊長は意識を失う。そこにブリザードが襲いかかる

目覚めると、芒で組んだ小さなテントの中でデルスは火を焚いていた。

 

そこで隊長は、何のために芒を刈らなければならなかったのかを初めて知る。

 

私は40年以上も前に日比谷で観た映画のワンシーンを、忘れられない。


萩原家の室内から茅葺き屋根の内側を臨む

 

茅葺きの原型は、日本では竪穴式住居だ。

 

縄文時代(紀元前131世紀)の、茅で造られたテントのような家屋である。

 

茅葺き屋根の下で暮らす。自然の猛威からは身を守りつつ、その自然を敬いながら暮らす。

 

茅葺き屋根の家に暮らしたことがない私にとって、それでも日本の原風景への郷愁が去来するのは、自然と共生することに長けていた日本人の遺伝子が心に残っているからかもしれない。

 

茅葺き屋根は水はけを良くするため、急勾配が求められる。屋根裏には大きな空気層が生じる。

 

茅そのものが、太陽熱の輻射をうながし、夏は茅葺きならではの涼しさがもたらされる。

 

屋根の断熱性は、冬にも効果的である。

 

ただし茅葺きの古民家は床下や窓や壁が閉塞されていないため、すきま風などが入りやすく、屋根に断熱性があっても、屋内全体が暖かいという具合にはいかない。


この日の仕事の仕上げにかかる

 

囲炉裏は、そんな茅葺き民家の冬の対策であった。

 

暖炉と違って、居間の中央で火をおこす。

 

家族は、その部屋に集まり、暖をとりながら生活する。

 

囲炉裏の煙は、茅葺き屋根の寿命を延ばすことにつながってきた。

 

水分を含んで湿った屋根には、カブトムシの幼虫などが発生する。

 

鳥がその幼虫をついばみに茅葺き屋根にくちばしを突っ込む。
茅葺き屋根の耐久を短くしてしまう要因になる。

 

部屋の中心で火を焚いて、煙を天井裏からいぶすことで、虫の発生を抑えてきたのである。

 

葺き替えは10年~20年に1回はしなくてはならないが、石岡地区に残る茅葺き屋根は、江戸時代から葺き替えを繰り返し、伝えられてきた家々である。

 


廣山美佐雄は86歳にして現役の茅葺き職人

 

一軒無くなれば、ひとつの生活が、ひとつの文化が無くなる。
もはや茅葺き屋根の家屋を新築することは、かなわなくなってしまった。

 

建築基準法が、茅葺き屋根の新築を禁じている。

 

廣山美佐雄は2012年に、厚生労働大臣から『卓越技能者(現代の名工)』に認定されている。

 

茅葺き職人としては、日本でただ1人である。

 

無くなれば、引き返せない茅葺き屋根を守る防人(さきもり)こそが、廣山美佐雄なのである。

 

 

取材・文章/浦山 明俊
撮影/川口 宗道

 


 

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