日本の原風景を象徴する茅葺き屋根

 

 

後継者への手ほどきは現代風

 

廣山美佐雄の身のこなしは軽い。茅葺き屋根の急勾配を登る。
廣山美佐雄は86歳。茅手と呼ばれる茅葺き職人である。

 

36歳の渡辺大と28歳の江戸達郎が、廣山美佐雄の背中を追う。

 

かすみがうら市の茅葺き民家の屋根の補修が、この日の仕事だ。すでに9日目に入っている。

 


廣山美佐雄は先頭に立って弟子に声をかける

 

私は東京生まれの東京育ちで、茅葺き屋根の家に暮らしたことはない。取材で全国各地に赴くが、茅葺き屋根の民家を訪ねたことはない。それでも、この胸に去来する郷愁は何だろう。

 

風車小屋が象徴的なオランダ・ザーンセスカンスの原風景だとしたら、太陽に輝く白壁とレンガ屋根が象徴的なスペイン・アンダルシアの原風景だとしたら、日本の原風景は、茅葺き民家ではないかと思う。

 

茨城県石岡地区は70軒の茅葺き屋根が現存し、その密集度は日本一だという。

 


野バサミでこれから葺く茅を切り揃える江戸達郎

 

渡辺大と江戸達郎は、廣山美佐雄の弟子だが、じかに弟子入り志願したのではない。

 

1940年代に石岡地区に80人以上はいた茅手は、2000年代に3人、2010年代には廣山美佐雄ただ1人になってしまった。
石岡市の産業文化事業団である『常陸風土記の丘』は11年前から、後継者を募集し始めた。応募者は施設の臨時職員の肩書きで、職人技を学べる制度を設けたのである。

 

これまでに4人が、この制度のもとで廣山美佐雄の弟子になった。

 

うちの2人は独立し、現在は渡辺大と江戸達郎が廣山美佐雄の薫陶を受けている。

 


差し茅は膨らみすぎても薄すぎても雨漏りの原因になる。適量を均等に、慎重に差し茅する。

 

廣山美佐雄と2人の弟子の仕事を観るために、茅葺き屋根に登ってみた。

 

敷き詰められ、美しくそろえられた茅の屋根が、秋の草原のように頭上に広がっている。

 

切りそろえられた茅に触れてみた。見た目よりは硬い。表面はツルツルとしている。

 

茅束の密度が高く、見た目よりもぎっしりと詰まっている。
風雨、風雪に耐えられる屋根とは聞いていたが、こんなにも堅牢で、かくもつややかである。

 


染廣山美佐雄の差し茅を見つめる渡辺大

 

渡辺大が差し茅をする。

 

差し茅とは、雨漏りがしないように、密度の薄くなっている屋根に、茅の束を差し込んで補修する技能である。簡単そうに見えるが、ぎっしりとすでに密集している屋根に、茅の束を差し入れるには、投入する茅の密度が適切でなければならない。差し入れる角度にも細心の注意が必要だ。

 

力でグイグイと差し入れてしまうと、周囲の茅を押しのけて、そこにすき間が生じ、結果として雨漏りを招きかねない。

 

渡辺大郎が差し茅をする。その手元を廣山美佐雄が見つめる。

 

「うむ」

 

と廣山美佐雄がうなずいた。肯定のうなずきではなかった。

 

廣山美佐雄は差し茅の角度をわずかに下方修正して、その作業から手を離したのである。

 

右手で茅の束を差し入れながら、左手で屋根を押さえる。

 

今度は、渡辺大がうなずいた。肯定のうなずきだった。

 

静かな一瞬だった。親方からの技能は、こうして伝承されていくのだ。

 


屋根から降りると、野バサミの刃をいっせいに研ぐ

 

午前中の仕事を終えて、屋根から降りてきた廣山美佐雄が言った。

 

「私が24歳で茅手の見習いをしていた頃は、親方は叱るばかりで何も教えてくれなかった。そんな態度では、現代の若い者は仕事を覚えられないですよ。口で説明して、実際に観てもらって、手を添えて教えなくては若い者はついてきてくれない」

 

たき火を燃やして暖をとりながら、3人は野バサミを砥石で研磨している。

 

「口伝えで教わったことは忘れちゃうときがあるんですよ。でも親方の仕事ぶりを見て覚えたことは、身体が覚えていて、忘れないんですよね」

 

と渡辺大が、マスクを外しながら笑った。

 


 

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