凍れる旋律のような美が宿る日本刀・刀匠、川崎晶平
刀匠という道を歩むとき
晶平は、土置きの行程に入った。秘伝とされる焼刃土は、不純物の少ない粘土に炭粉や荒砥粉などを混合した粘性の高い土である。
焼刃土を乳鉢で練り、磨りガラスの上に土を取り、刀身に土を置いてゆく。
刃文の形は、土置きで決まる。正確には、このあとの行程である焼き入れで刃文は現れる。
日差しが差し込む座敷で、晶平は淡々と、刃文をイメージしながら刀身に土を置いてゆく。
地金にも土を置いてゆく。こうしてコーティングした刀身をまた炎にくべるのである。
焼き入れの行程に入るころには夜になっていた。
いや正しくは夜を待ったのである。
秘伝の焼刃土を丹念に置いてゆく
鍛刀道場を暗闇が包む。見えるものは囂々と音を立てる炎と、そこにくべられた刀身だけだ。刀身には土置きの痕が炎の奥にうっすらと見える。
炎の色は、ほぼ白い。燃焼温度が高い。炎の色と、焼き入れをする刀身の赤みを確かめながら、焼き入れを施すために、夜の闇を晶平は待っていたのである。
それは一瞬のことだった。
刀身の赤く焼けた状態を確かめ、その一瞬を逃さず、晶平は刀身を水桶に入れた。
水に冷やされた刀身は、その瞬間に反り返った。
「日本刀の反りは、この瞬間に決まるんですよ」
土を落とす。軽く研磨する。美しい刃文が土の内側から姿を現した。
刃文と地肌の波形は、この土置きの課程で形作られる
「ああ、良かった」
と晶平は笑った。
「この瞬間に、私は神様に愛されているなと思うんです」
自分に合う材料の鉄が手に入ったとき、鍛錬している鉄が理想の状態に赤く染まったとき、そして焼きを入れて、美しい反りが、刃文が、地金が姿を現したとき……。
晶平は、神に愛されている幸福を覚えるという。
「私より仕事ができる人はたくさんいると思うんです。もちろん技術を駆使して、誠心誠意を込めて日本刀を作りますが、私のワザを超えた作品ができるかどうかは、自然が決めるんですね」
土置きを終えて日本刀の原型は炎に鍛えられる
その日の気温、その日の湿度、その日の気圧。
他にも様々な要因が、日本刀を鍛錬するときに晶平の仕事を包括する。
気温、湿度、気圧を察知しながら炎を加減したり、鎚打ちを加減したりはするのだろうが、人知の技能を超えてなお、自然が決める仕上がりへの何かが日本刀には存在する。
美しく品格のある日本刀は、刀鍛治・晶平と自然の神とが心地よく握手を交わしたときに生まれるのだろう。晶平の仕事を見つめながら、
「圧倒的な技術で日本刀は創り出されるのだ」
と思っていた私は、さらに高みに昇華する瞬間を、この目で確かめた。
そうだ、人知や技能を超えた自然からの恩恵があって、初めて美しく品格のある日本刀は生まれるのだ。
晶平の気概が夜の闇に躍動する
晶平が日本刀を作る工房を、鍛刀道場と名付けている意味も納得できる。
おそらくそうだ。自分をも鍛える道場であり続けなければ、名刀は生まれないのだ。
日本刀を作り続けるためには未知の道に立ち、道を歩み続ける覚悟がなければならない。
水桶に投入される日本刀。一瞬の出来事
別れの挨拶を交わし、閑静な埼玉美里町の空を見上げた。
冬の星空が天に広がっていた。
晶平から日本刀の鑑賞の作法を教わったときに、地金にきらめいていた錵の輝きに似た小さな星を夜空に見つけた。
挨拶を終えて、寒さに震えながら車の助手席に乗り込むとき、晶平との別れも寂しかったが、天蓋の小さな星から別れを告げられるのも、私には寂しいと思えた夜だった。
それほどに、星のまたたきと、晶平作の日本刀に見つけた錵とは似ていたのである。
取材・文章/浦山 明俊
撮影/川口 宗道
編集/吉野 健一
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