悟られない義手、義指・平岡製作所

 

 

神業は細部に宿る

 

手を失ったとき、指を失ったとき、多くの人が義手、義指に出会う。
ときに「こんな程度のものか」と落胆する。

 

多くの人が期待するのは、失った手や指と寸分違わずそっくりな義手、義指である。

 


黄色が石膏モデル、反転させて蝋モデルを作る

 

しかし現在の日本の医療保健制度のもとで渡されるのは、およそ本人の失われた手や指の外観とはかけ離れた、ひと目で義手、義指と分かってしまうコスメチック・グローブ(装飾用手掌)だ。

 

ひどい言い方をすれば、塩化ビニールや、シリコンで作られたとはいえ、肌色のゴム手袋に、白い爪が描かれた程度のものしか医療保険制度を通じては支給されない。

 


蝋モデルがこれから作る義手の原型

 

埼玉県さいたま市大宮区にあるAtelier Naturalには、ひとりの義肢装具士、つまり義手や義指、義足、義耳、義鼻などを作り上げる職人がいる。

 

平岡敬悟(ひらおかひろのり)、36歳である。

 

作り上げるのは、フルオーダーメイドの義手や義指などだ。

 


指紋、しわ、爪先の表情を刻んでゆく

 

本人の手そのものに見える、本人の指そのものに見える精巧な人体パーツを、生み出す。
右手を失った女性の例を見てみよう。本人の左手を型取りして、黄色い石膏モデルが作られている。

 

これを立体的に反転させて、赤い蝋の型を作る。

 

このまま造形しても、充分に指紋やしわが再現された義手が作れそうである。

 

平岡敬悟は、ここで妥協しない。

 

型取りでは、写し取れなかった0.2ミリから0.1ミリほどのしわや節や爪先をスパチュラという道具で刻んでゆく。

 

スパチュラは歯科でよく使われる医療器具である。
平岡敬悟が自作したスパチュラもある。

 

「とくに女性は、爪先の美しさを気になさるので、手を抜けないんです」

 

指先の皮膚と爪のわずかな浮き具合、すき間、ささくれ、爪の表面の波立ったでこぼこまでを、息を殺してスパチュラで刻んでゆく。

 

手の甲だけではない。手のひらのしわも、手相も、指紋もスパチュラで刻む。

 


肌の色は微細に分かれている

 

仕上がった赤い蝋の右手の型をもとにして、基礎となる肌の色でシリコンのコスメチックグローブを作る。白い肌、黄色い肌、赤い肌、茶色い肌、青みがかった肌。
平岡敬悟の職人技の真骨頂は、ここからも発揮される。

 

コスメチックグローブのつまりは義手の裏側から、色を塗っていく。色を重ねていく。写実主義の画家のように。

 

「仕上げに、表側からも着色します。多くの義手製作所では、僕のように裏側から色を塗ることはしないで、表側に色を塗っています。でも、すべての色を表側から塗ってしまうと、義手や義指がこすれたときに、色落ちしてしまうんですよね」

 

人間の手の皮膚の色は1色ではない。

 

「そんなことは知っている」
と言う人は、改めて自分の手を見つめて欲しい。

 

何色があなたの手に現れているだろうか。

 

爪先は赤みがかり、爪の付け根は白くなっている。

 

しわの寄った部分は暗色で、手の甲の赤みと、手のひらの赤みは強弱が異なる。静脈の青い線が濃淡に走っている。

 

手を開いたときと、手を握ったときとでは色彩が変わる。

 


これらはすべて義指

 

平岡敬悟は、絵の具を混ぜ合わせて無限にある色彩を義手の裏側から塗り重ねてゆく。
意外にも基本の顔料は5色だけだ。黄色・赤・青・黒・白。

 

「人間の持っている肌の色を作っていくんですが、基本の色で50色ぐらいですかね。赤っぽい赤とか黄色っぽい赤とかオレンジ度の強いピンクとか、明暗度の違う50色です」

 

健常肢(残っている側の手)にシミやわずかなほくろがあれば、義手にもシミやほくろを絶妙な位置に、描いてしまう。

 

じつは皮膚の色彩は、皮膚の下にある組織や血管が表層に浮いて現れているのだ。
だから平岡敬悟は、義手や義指の裏側に着色していくのである。

 

義手の原型にしわや爪先や指紋を刻んでいくときと同じように、着色するときにも、息を殺して細い筆を0.02ミリの精度で動かす。

 


 

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