デザイナーと職人が織りなす喫煙具

 

手慰みのあるものを作りたい

 

私は思った。だから井上頌夫のようなデザイナーは必要とされるのかもしれないと。
 
葉巻は落としただけで味が変わる。まずくなる。それほどにデリケートなのである。
巻かれた葉が圧縮されてしまうと空気の通りが悪くなる。まずくなる原因だ。

 

シガーカッターも切り口近くの葉を圧縮してしまうと、まずくなる。
ストレスなく、スカッと切れるシガーカッターが必要な理由である。

 

そうした計算までが井上頌夫のデザインには含まれている。

 

ではそのデザインの意図を、職人はどう理解し、どう作り上げるのだろうか。

 


「葉巻をもっと美味しく吸いたいからグッズのデザインをしたんです」井上頌夫

 

浦山:職人さんが作りやすいようにデザイナーが工夫するケースはあるのでしょうか。

 

井上:それは絶対にありません。
デザインには使いやすさや美しさが込められていますから、つまり私の意図とか魂とかが込められたものがデザインですから、職人さんが作りやすいように配慮してあげるとその根底が崩れてしまいます。

 

浦山:職人さんとの丁々発止があるものと思っていました。

 

井上:うん、それならありますよ。私は職人さんたちには必ず詳細なデザイン画を見せるんですが、相手が嫌がったときこそいいものが出来上がると確信が持てる(笑)。
「これは難しいよ」とか「これは無理だ」とかの返答ですね。
その返答をもらったうえで、いかに克服していくかが職人さんとの共同作業になる。

 


対談する浦山明俊と井上頌夫

 

浦山:シガーカッターでいえば、こんな角度の刃がついたハサミは作ったことがないという返答ですかね。

 

井上:そうですね。「これはできない、作れない」と職人さんは私に返事をしながら、同時に「どうやったら、これを作れるだろう」と頭をフル回転されているんですね。
よくいう職人魂というやつに火がつくわけですよ。
「作れっこない」の壁を乗り越える職人の技能とアイデアの見せ所になるわけですね。

 

浦山:南部鉄器の灰皿は、井上さんがデザインする前のものを見ているんです。
黒い鉄器の塊でした。大きめの灰皿で、よくある陶器の大きい灰皿を、そのまま鉄素材で作ったやつでした。

 

井上:職人さんが技能だけを競ってもの作りをすると、そうなる可能性が高い。
南部鉄器は鉄瓶でも、急須でも、風鈴でも砂型に溶けた鉄を流し込んで、形ができたら黒い塗装して終わりで、この灰皿のように部分的に磨くっていうのはご法度なんです。

 

浦山:それは伝統がそうだから、黒く作らないといけないという思い込みですか。

 

井上:磨くとそこから生鉄が見えてしまうからです。
ときには気泡の穴が出てしまう。鏡面磨きを施す前までの段階だったら「うちでも、作れるよ」という工場は多いです。
この南部鉄器の灰皿で見ていただきたいポイントは縁の鏡面磨きです。
デザインした私のこだわりだし、職人さんの技術の高さが現れています。

 

浦山:デザインでありながら機能そのものですね。
葉巻のレストをマグネットで鏡面磨きした縁のどこにでも付け替えられるわけですから。

 


デザイナーの発信を職人が受け止める。そうだったのかとうなずく

 

井上:「手慰み」って言うでしょう。
道具は基本的に手で使います。
その道具を使ったときに、手が慰められるかどうか。使い心地をさらに超えた慰め。その意味での手慰みがある道具は、飽きられることなく、長く使っていただけるでしょうね。

 

浦山:ああ、この南部鉄器の葉巻灰皿は、まさに手に心地よい、手慰みの道具ですね。
デザインでありながら機能そのものです。
葉巻のレストをマグネットで鏡面磨きした縁のどこにでも付け替えられるわけですから。

 

井上:その手慰みの感覚を理解してくださる人のために私はデザインをしているわけです。

 


手慰みとは身体全体で心地よく使えるということです

 

浦山:このサイトは一般財団法人雇用開発センターが運営しています。
「職人」とは「作る人」にあたりますが、何十年という経験が必要で、親方に叱られながら我慢して、現場で汚れながら研鑽を積まないと職人にはなれないと思い込む人もいます。

 

井上:たしかに技術の習得は必要だけれど、もの作りが好きかどうかですよね。私はデザインを考えるのが好きだからこの仕事に就いた。
もちろん楽々と続けているわけではないです。
デザインというのは100人いたら99人が受け入れたくれないと、成り立たない仕事です。

 

浦山:作家も同じです。楽しそうだからと弟子入りを志願してくる人がいます。
才能で仕事ができると思い込んでいる。そんな楽なわけがない。
「好き=楽しい」じゃない。「好き=つらくても、続けられる」なんですよ。
好きだから、つらい壁を乗り越えることができる。

 

井上:職人も同じですよ。もの作りが好きで、自分が作っていて楽しいものを作り続けてしまうと、売れる商品かどうかという視点が失われてしまう。「できない」「作れない」という壁を乗り越えられる人だけが、本当に「売れる」ものを作り上げることができる。

 


 

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