守る伝統切り開く未来常滑焼


 

天才か、変人か。アートが産声を挙げる瞬間

 

小西洋平は、ロクロ引きだけが作陶だと思って欲しくないという。

 

「目に見える作業は、評価されとる。どえりゃあ職人技術だと言ってくれる。でも本当の仕事は、ロクロを回す前の下準備にある。職人の仕事は、段取りがすべてだいね」

 

それは土を採取し、寝かせることを言うのだろうか。

 

いやもっと深淵なことを小西洋平は言いたいのだと思う。

 


ウドゥ・ドラムを叩く小西洋平

 

「こうして、土で形を作った後にもまた仕事が待っとる。そうした見えないところをこそ、職人の仕事として認めてもらいたいだぁね。つまりは、誰にも見えないところに、たくさんの仕事があるということだ」

 

こんな逸話がある。

 

パブロ・ピカソがかつて、ファンの女性にせがまれて、一筆書きのような絵を描いた。

 

ピカソは、画代として高額な価格をその女性に告げた。女性は言い返した。

 

「だって、ピカソさんは、数秒でこの絵を描いたじゃないですか。それなのに高額を請求するなんてひどい」

 

ピカソは、こう返答したという。

 

「いいえ、お嬢さん。50年と数秒です」

 

数秒で独特の絵を描けるまでに研鑽を積んできた50年も、画代に込められているとピカソは返答したのである。

 

果たして、女性はピカソに高額な絵の代金を支払ったのか。そこまでは、私は知らない。

 

小西洋平が言いたい深遠なことは、このピカソの逸話に込められた真意のようなものではないかと私は思う。

 

左 篆刻文字が施された急須
右 金彩や銀彩の急須

 

ウドゥ・ドラムは、壺に穴を空けた楽器である。

 

いくつか壺に空けられた大小の穴を手のひらで叩く。あるいは胴そのものを叩く。

 

音階が響き、リズムが躍動する。

 

饒舌、多弁が止まらない小西洋平は、自分が作陶したウドゥ・ドラムを叩き続ける。

 

ポカーン、ポンポン、トントンタンとウドゥ・ドラムの音が奏でられる。

 

小西洋平は、音を奏でながら、子供のように楽しそうに笑う。

 

「遊びが、陶器の進化になるだいね。遊びほうけるのとは違う。真剣に遊ばないと何も楽しくなりゃせん」

 

享楽的な、その場限りの快楽を求めてはいけないと小西洋平は言うのだ。

 

怠惰と堕落の遊びでは、陶芸の未来は開けないと小西洋平は言うのだ。

 

プレジャーではなく、インタラクトである。

 

放楽ではなく、好奇心である。

 

自分をギリギリのところまで突き詰めてアッと気がついたら次の時代が見えていた。

 

それが小西洋平なのかもしれない。

 


自分で作った自分の首を手に笑顔の小西洋平

 

小西洋平の作陶の技能を支えているのは、間違いなく保守と伝承だ。

 

現在の小西洋平の作風を支えているのは、間違いなく革新と進取だ。

 

小西洋平が天才なのか、変人なのか。

 

その評価はこれからの常滑焼の進化にかかっているのではないだろうか。

 

 

清水北條の作る、藻がけ焼きの模様急須にしても、江戸時代天保の昔には、革新と進取だったに違いない。

 

こんなものは、常滑焼の伝統にはない。と、否定されていたら、藻がけの美は現代まで伝わらなかった。

 

次世代を切り開いてゆく、進取の気象こそが、平安時代から現代まで命脈を保ってきた常滑焼を支えているのだろう。

 


常滑市ではこれからの時代をになう作陶家を育てる学校を営んでいる

 

夕刻の常滑の街を歩いた。

 

窯の煙突が、陶芸工房が、道ばたに置かれた陶器がそこかしこに、焼き物の街のたたずまいを見せる。

 

土管坂と呼ばれる急坂を登る。午後6時になっても初夏の日差しはまだ明るい。

 

坂の上から、街を眺める。

 

常滑は陶芸職人たちによって街が形作られ、また常滑の街は、陶芸職人たちを包み込むようにして守り続けてきたのだと、しみじみと思った。

 

 

 

取材・文章/浦山 明俊
撮影/川口 宗道

 


 

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