色鮮やかに生活を彩る 勝田ナセン


 

職人が染めた手ぬぐいは鑑賞に堪えられる

 

 台は熱せられている。工場の天井からは熱風が吹き付ける。捺染した布を乾かすためである。それでも乾きのムラがあるところは、うちわで集中的に扇いで湿気を逃す。

 

 こうして染め上げた布を蒸す。蒸すことで染料が定着する。発色も良くなる。

 

 お湯で洗って、引き続き水で洗う。

 

 地下100メートルから湧き出る豊富な地下水が、勝田ナセンの染め物を洗う。
 それから自然乾燥させる。

 


染めを定着させるために蒸し機に入れる

 

 屋内の干し場に先ほど染めていた手ぬぐいが手作業で干されていく。

 

 トップ写真の梅の花の手ぬぐいを見ていただきたい。よく見ると2色しか使っていない。紫と赤だけである。濃淡の陰影によって、もっと多色を使っているように見せている。

 

 写真5の猫と銀杏の柄も同様で、3色しか使っていない。紺、オレンジ、黄である。濃淡の陰影と白地を上手く利用することで、もっとカラフルで多色な柄に見せているのだ。

 

 ここには、版型の網目に意匠をこらした日本の職人のセンスが見て取れる。

 

 質素な豊かさ。それが手ぬぐいの本領である気がする。

 


高さ2メートルを超える蒸し機 

 


蒸し機から取り出される染め布は白布に覆われている

 

 勝田ナセン三代目の勝田雄也専務によると、

 

 「機械で干さないんです。理由はこうして手で干しながら、版ずれがないか、染料の欠けやムラがないか、目で確認して検品するためです」

 

 25メートルの布は、裁断されて幅一尺、長さ三尺の1本の手ぬぐいとして完成する。

 

 質素な豊かさを生み出すためには、職人の緻密な意匠が欠かせない。

 

 この意匠にこそ、遊び心が託され、製品の豊かさを持つ者にもたらす。

 


豊富な地下水で水洗される手ぬぐい

 

 江戸時代、手ぬぐいのデザインを競うイベントが上野の不忍池で催された。天明4(1784)年、主催したのは戯作者、つまり作家の山東京伝である。

 

 天明4年には大飢饉が日本中を襲い、前年には浅間山の噴火があった。

 

 こうした暗い世相を吹き飛ばすごとく、手ぬぐいイベントは開かれている。

 

 このときのデザイン競技イベントで集まった手ぬぐいの柄は『たなくいあわせ』という書物にまとめられて、現代まで伝えられている。

 

 たかが手を拭く実用品。機能性だけみればそれだけの木綿布が手ぬぐいだ。
 しかし手ぬぐいは、額装されて鑑賞されることもある。

 

 伝統を重んじる業界では、手ぬぐいは年始や祝い事のご祝儀として配られる。
 例えば鳶、例えば落語家、例えば歌舞伎役者などは新年に新調した手ぬぐいを配る。

 

 配られる側も、鳶や落語家なら自分の手ぬぐいを交換に渡す。

 

 私には落語家の知り合いが多いので、新年になると『ご祝儀』として、手ぬぐいをもらう。

 

 こうして様々な絵柄の手ぬぐいが拡散し、集積されていく。

 

 まるで名刺である。そう、手ぬぐいは名刺代わりとして交換されるものでもあるのだ。
 伝統を重んじる業界には限らない。

 

 

 企業や商家、飲食店などでは、手ぬぐいを配布する。

 

 優れた絵柄を手渡せるかどうかに、個人や企業のコマーシャル力が試される。

 

 「さて、どの手ぬぐいから使おうか」

 

 集まった各々の手ぬぐいは、選別される。

 

「手ぬぐいも柄が悪いと手をふかれ」
 
 柄が良い手ぬぐいは、のれんにされたり、額装されたりして芸術品扱いされる。

 

 しかし柄が良くない手ぬぐいは、手を拭いたり、汗を拭いたり、ぞうきんにされたりと、もっぱら機能的実用品として扱われてしまう。

 


銀杏と猫の手ぬぐいには染料は3色しか使われていない

 

 いや、使われてこその手ぬぐいである。

 

 ボロボロのぞうきんになっても、そこには質素な豊かさがある。

 

 日本人が本来から持っていた美の豊かさ、遊び心の豊かさは、幅1尺、長さ3尺の布に閉じ込められた世界観に見つけ出すことができるのである。

 

 

取材・文章/浦山 明俊
撮影/川口 宗道

 


 

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