色鮮やかに生活を彩る 勝田ナセン


 

職人の技は口伝できない

 

 田中徳典は75歳のベテランである。無言である。喉を痛めているせいもあるが、スケージを扱うときにはなお、言葉を発しない。

 

 田中の職人たる由縁を勝田ナセンの職人仲間に聞いた。

 


田中徳典が慎重にかつ素早く捺染する

 

「多色刷りの場合に、田中さんが第一陣で出ることはまずありません。若手の職人が第一陣で出ます。第二陣で田中さんが二版の刷りに出たとします」

 

 このとき田中徳典は、一版の刷り上がり具合を瞬時に見る。捺染の台には、下部に金具が取り付けられている。ここに版型の金具を差し込んで、一版の上にピタリと重なる仕組みである。

 


捺染するときに背筋がまっすぐに伸びる田中徳典

 

 「それでも、室温によって金具や台が膨張したり、収縮したりします。ピタリと重なるはずの二版を乗せたときに一版とコンマ数ミリのずれが生じたりします」

 

 田中徳典は、それを見抜く。瞬時に金具に布を巻き付け、コンマ数ミリの版ずれを修正して、二版を重ねる。そして捺染する。

 

 私も見た。スケージで染料を布地に刷り上げていく。

 

 刷り終わりにはスケージを120度ほどにしゃくり上げる。身体は半歩から一歩ほど後ろに足を引く。

 

 熟練の職人は身体の動きに無駄が無い。そしてその身体の動きは優雅である。

 

 

 「田中さんは判型を次の布地に移すときにも、チェックしているんです。シルクスクリーンの裏側に、わずかなほこりでも乗ってしまうと、染料の詰まりを起こしてしまいます。
目に見えないほどの点描の白穴が染めた布地に現れてしまうことがあります。それを田中さんは見逃さない。ほこりがシルクスクリーンに乗らないように、判型を丁寧に扱います」

 

 染料の詰まりや、版ずれに気がつかないうちは職人とはいえないと後進の職人は言う。

 

 糊が混ぜられている染料は、その日の気温や湿度によって粘着の硬さが異なる。

 

 「田中さんは、2~3回ほどバケツの中の染料をかき混ぜることがあります。染料の硬さを均等に調節して、染めムラが起きないようにしているのだと思います」

 


シンプルな柄こそ、捺染するのは難しい

 

 こんなこともたびたびあるという。

 

 「どうも上手く捺染できない。職人が2、3人で集まって悩んでいると、田中さんは黙ってスケージを持ってその場を離れます。数分の後にスケージを持ってきて私たち後輩の職人に黙って渡すんです。そのスケージを使うと捺染しやすくなっている。染めがスムースになっているんです」

 

 秘訣を知りたいと思ったこの職人は、あるときスケージを持って立ち去る田中徳典の後を追った。田中徳典は、スケージのゴム先をヤスリで削り、丸くしたり、鋭角にしたりと加工していた。

 



工場の外には、判型のシルクスクリーンが納められている

 

 職人技は、口伝では伝えられない。知識として理解しても、体感を伴なわないと技術、技能、職人技は次世代、つまりは弟子には伝わらない。

 

 「どうやるんですか」
と聞いてはいけない。答えは言葉の中にはないからである。

 

 黙って働く先達の手の動き、身体の動き、息づかい、目の配り。
 そうした言葉にならない仕事の中に答えにつながる何かがある。

 

 職人の労働の対価は賃金だけではない。自分の成長という喜びが伴わなければ、職人として豊かに生きていくことはできないだろう。

 


 

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