作家ではなく職人であれ
柘製作所のパイプ


 

日本の四季に鍛えられるパイプ

 

柘製作所の広報担当である植草羊(うえくさよう)の言葉には、うなずかされた。
「職人とはじつはファクトリーメイドの製品を作っている人たちのことです。ハンドメイドの製品を作っている人は職人というより作家なんですね」
コストのことまで考えて手を動かすのが職人だという。
「ここから、この範囲までははみ出してはいけないという枠のなかでいかに自分の製作物を完成させられるか。それを突き詰めるのが職人です」

 

ファクトリーメイドにこそ職人の魂は宿る。ボウルの穴開け作業中

 

柘製作所では、それを「職方商人(しょっかたあきんど)」と呼んでいる。
「パイプ作家は、今日からでも“自分はパイプ作家だ”と自称すればなれます。売れようが、売れまいが、作り上げれば作家です。コストが高額にかかっても、数日に1本だけしか作れなくても、作家です。職人はそうはいきません。いつも同じクオリティーで、1日に決められた本数をミス無く作り上げられなければなりません」

 

よく柘製作所の門戸を叩く若者に、柘製作所の面接官は尋ねる。
「パイプ作家になりたいのか、それともパイプ職人になりたいのか?」
すると多くの若者は、とまどって黙ってしまうという。

 

簡単になれると思っているのか。作家と職人の区別がつかないのか、パイプ作家への過剰な憧れがあるか。それは分からない。

 

ブライヤーの根塊、つまりはパイプの原材料

 

常務取締役の三井弘司がよく口にする言葉がある。
「アーティストになるな。柘製作所は職人集団だ。職人工房だ。みんな職人たれ」

 

パイプ作家には、なるのも、やめるのも自由だ。しかしパイプ職人は自分の技術を生涯にわたって磨いていかなければならない。三井弘司は職人スタッフに矜持を期待して言うのだろう。

 

福田和弘は80代を超えてなお、精度の追求をやめない

 

メイドインジャパンのパイプの強みとは何なのだろう。植草羊はこう説明する。
「ブライヤーという素材は四季によって“暴れる”のです。湿気の多い季節には水分を含んで膨らみます。乾燥の季節には縮みます。日本は四季がはっきりしていて、夏の高温多湿期から、冬の低温乾燥期まで寒暖乾湿にさらされます」

 

何となくパイプ作りには過酷な環境が日本にはあるということは分かる。それがどうパイプ作りに影響するのだろう。

 

「ヨーロッパのパイプは日本に持ち込まれると、ブライヤーの膨縮によって部品ごとの緩みや割れを起こしたりします。日本のパイプ職人は日本のどの季節にも応じられるように膨縮を計算して、コンマ数ミリ単位の微細な加工を施します。素材にとって厳しい環境のなかでもの作りをしてきた勘や手先の細やかな蓄積が、緻密な作業を身体の芯から覚えていくのでしょう」
それがメイドインジャパンならではの細やかな心配りにつながる。

 

熟練した職人技となれば、なおさらだ。植草羊は、真顔でこう言葉をしめくくった。
「雪の多い北欧のパイロットの操縦が上手なのと同じだと例えると、欧米の方にも理解していただけるかもしれません」

 

マウントフジがしだいに原型を現してくる

 

前項で3人のパイプ作家を紹介したが、柘製作所のパイプで注目して欲しいのは、ファクトリーメイドのパイプたちだと植草羊は言う。
「既製品と呼ばれるファクトリーメイドのパイプであっても、柘製作所の技術は注ぎ込まれています。個人作家は個人プレーヤーですが、柘ブランドのファクトリーメイドはチームプレーで作られていて、限られた枠内で考え抜かれて製品にされています。素材の選定から穴を空ける時間……。例えば何秒で空けるか。なるべく安価で購入してもらえるようにと、1本のコストまで計算されています。一定の時間内で最上のクオリティを作り続ける素晴らしさと、難しさも、ぜひ知っていただきたいですね」

 

福田和弘がマウントフジを研磨する

 

パイプ作家とパイプ職人が、同じ空間で仕事に励む。

 

そのなかにマレーヌ・ミッケの姿を見つけた。ミッケの名を聞いてピンと来た方は、かなりのパイプ通だろう。そう、あの故ヨーン・ミッケの娘である。

 

ヨーン・ミッケはデンマーク・コペンハーゲン生まれ。その作品は“パイプ界のロールスロイス”と呼ばれた。2005年5月に67才で他界した。

 

私の記憶では銀座の喫煙具店に1本180万円の値札がつけられていたように思う。故人となった現在では、もっと高額になっているかもしれない。

 

異論はあろうがイヴァルソン、ラスムッセン、そしてミッケはパイプ作家御三家と呼んでも良いだろう。

 

マウントフジのそれぞれの工程

 

そのヨーン・ミッケの娘、マレーヌ・ミッケがどうして柘製作所の工房にいるのか。それは第4話に述べることにしよう。

 


 

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