作家ではなく職人であれ
柘製作所のパイプ


 

3人のパイプ作家

 

柘製作所は1936年3月創業の日本のパイプメーカーだ。

 

私には憧れがある。ツゲ・イケバナ・シリーズのパイプを手に入れたいという憧れである。

 

現在、イケバナ・シリーズを作るパイプ作家は3人。福田和弘、菊池朝美、大井誉四郎である。フルハンドメイドだから、ひとつとして同じパイプはない。

 

完成したマウントフジを手にする福田和弘

 

福田和弘は、70年のキャリアを持つパイプ作家である。生粋の喫煙具作りの家に生まれて、幼い頃には柘製作所に実家の喫煙具を配達に来ていた。1960年代に柘製作所の資金でパイプ王国のデンマークに留学した。その当時の日本では海外渡航が稀少だった。

 

デンマークの工房では薬剤のメモすら記すことは許されなかった。ホテルの自室に戻ると、必死でその日に観たことや、薬剤の名前、詳細な削り方、研磨の仕方を筆記した。

 

現在では世界に冠たるパイプ作家だ。イケバナ・シリーズに銘がないものは福田和弘の作品である。なぜならイケバナ・シリーズといえば、福田和弘ありきだったからだ。

 

福田和弘の手がマウントフジを削る

 

イケバナ・シリーズのなかでも、福田和弘の作る「マウントフジ」は、注文してから3年待ちは当たり前で入手は困難が現在のパイプ界の伝説となっている。

 

柘製作所の工房で、福田和弘がパイプの原木であるブライヤー片を手にした。

 

福田和弘が作ったイケバナ・シリーズのパイプ

 

工房でファクトリーラインのパイプを制作している若いパイプ職人がつぶやいた。
「福田さんは、あの瞬間、ブライヤー片を手にした瞬間に200通りくらいの完成図を頭の中に思い描いているんです。どのようにすれば、個々に異なるブライヤー塊の魅力をパイプの造形に仕上げ、なおかつ喫味が優れたパイプを作ることが出来るか。分かってしまう」
それが世界の福田和弘と呼ばれるゆえんだという。

 

奥に福田和弘、手前に菊池朝美

 

菊池朝美は、新進気鋭ながら福田和弘に師事し、イケバナ・シリーズを踏襲している。

 

しかし福田和弘のコピー作品ではなく、菊池朝美ならではの個性を表現している。

 

元々は美術大学で造形、つまりは彫刻を学んでいた。

 

柘製作所の社長、柘恭三郎に才能を見いだされ、パイプ作家への道を歩むことになった。
「人間が見慣れているものは自分の身体だと思うんです。肉体の美しさはすべての造形に結びついています。男の人は男性の肉体を見慣れている。私は女ですから女性の肉体美にこそ造形の志向性を求めるんだろうと思います」
と菊池朝美は言う。なるほど菊池朝美が作るパイプは、どこかに艶があって繊細だ。

 

「私は男性に比べると手が小さいから、小ぶりのパイプを作ることが得意です」
しかし女性は、ときに悪魔のように大胆になることは多くの人が知っているだろう。

 

艶があり、繊細で、なおかつ大胆さを併せ持つのが菊池朝美のイケバナ・シリーズである。

 

竹の部分を観ていただきたい。日本の和歌山県の紀州産の根竹は、のびのびとは育たず、
根は厳しい環境の中で、数センチの間隔で節を伸ばす。口径もまちまちで、シャンクや吸い口の擦り合わせは全て手作業で行われる。ピタリと合わせる至難の業を、菊池朝美は実現させている。

 

上はイケバナ・シリーズ大井誉四郎の作品
下はイケバナ・シリーズ菊池朝美の作品

 

大井誉四郎は、25才のときにパイプを吸う大人に憧れて自作しようとした。
「自宅に生えていたバラの木の根っこを引き抜いてさ、削って削ってどうにかパイプっぽいものを作ったんだけれど、吸ってみるとまずいの何のって」
パイプには、ブライヤーという木の根を使うことすら知らなかったそうだ。

 

それからは機械工となって、パイプ製作用の工具、機械に精通した。
パイプ界の職人として、人生の大半を過ごした。多くのパイプ作家の相談役だった。

 

そしてイケバナ・シリーズのハンドメイド作家になった。

 

通常は真円だが、楕円形の煙道を手削りする大井誉四郎

 

私の感想だが、大井誉四郎の作るパイプは身勝手で自由奔放、そして少しひねくれているところに魅力がある。

 

私はビジネスマンではなく、作家だ。自由業だ。そんな私には大井誉四郎の作るパイプは、自室でゆったりくゆらせて、小説の構想などを練る際に大活躍するのではないかと思える。

 

イケバナ・シリーズに共通する特徴は、原木を最大限に活かすパイプ作りだろう。
素材を思い通りに征服するのではない。自然のあるがままの特徴を活かすのである。

 

削り捨てる部分がほとんど無い。日本的な「ものを大切に使う」精神と「自然のものは自然に仕上げる」造詣が表現されている。そして煙道に負荷をかけない作り方からもたらされる喫味の良さである。この特徴が世界のパイプ愛好家を魅了するのかもしれない。

 


 

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