日本刀の技が作り出す刃物・トヨクニ


 

ビジネスとして成功する職人であるためには

 

包丁を、長刀を、小刀を、濱口誠は研ぎ上げていく。

火花が容赦なく散る。その火花の中に川口宗道はカメラを構えて動かない。

 

「そこにいると火の粉を浴びて危険ですよ」

とは濱口誠は声をかけない。まるで刃物と一体化してしまっているかのように、無言で刃物を回転式やすりにかけて火花を散らしている。

 

川口宗道もすでに無言だった。真剣な職人の技を撮影するには、カメラと一体化していて、自分の危険よりも、優れた写真を撮ることに真剣なのだ。

 

取材とはインタビューを通して、つまり質問と回答によって成立すると誤解している人は少なくない。

 

違う。まず現場を五感を通して察知し、その人の手仕事を観察し、その人の心情を推察することから始まる。現場で浮かんだ疑問を問いかけたり、確認したりするために初めて、質問を投げかけるのだ。

 

その意味では、私も真剣だった。金属の変化、濱口誠の身体の動きや手先、指先の動かし方を一瞬たりとも見逃すまいとして、見つめていた。

 

四代目豊国の手によって荒研ぎされる刃物

四代目豊国の手によって荒研ぎされる刃物

 

研磨は砥石のきめの、より細やかなものへと、数段階を経て、刃が磨かれていく。

 

水を使いながら、最終段階の研磨のために濱口誠が刃物を砥石にかける。

 

押しつけて研ぐのではない。刃物は砥石から浮かされているのではないかと思うほどに、やさしく、繊細に研ぎ出されていく。

 

小刀の切っ先を研ぎあげる瞬間だった。濱口誠の親指が、切っ先を押さえながら、蝶が舞い飛ぶ瞬間のように、砥石から刃先は、スッと放たれた。

 

全身全霊で研ぐためには無言にして微動すらしない

全身全霊で研ぐためには無言にして微動すらしない

 

「指先で、切っ先の厚みを感じながら、鋭利さを持たせるのですよ」

 

濱口誠は、研ぎ上げた刃物を自分の後頭部にフッと当てた。

 

「髪の毛のキューティクルを刃が捉えられるか。切れ味の鋭さは、切るべき対象物体のコンマ数ミリの凹凸を捉えられるかから始まるんです」

 

髪の毛を刃が捉えて、引っかかりがあるかどうかを確かめたのである。

 

コンマ数ミリ単位の差異を、手先、指先、髪の毛を使ってコントロールできるわけだ。

 

仕上げた刃物の切れ味を確認するのは、工場に置かれた電話帳だった。

 

数ページを垂直に立たせて、刃物でS字に切っていく。

まったく力を入れない。その刃物に蛇行の意思が宿っているかのように、紙がS字に切られてゆく。剃刀よりも、切れ味は鋭いだろう。

 

デモンストレーションではなく、日常から行っている切れ味の確認作業だという。

 

いよいよ研ぎも最終段階

(左)いよいよ研ぎも最終段階

(右)水をかけた回転式砥石で仕上げる指先は水に濡れている

 

なるほど、日本刀の切れ味を持ったトヨクニの刃物である。

 

仕上げの作業が済んで、刃物に柄をつけるという段階になって、ようやく濱口誠は笑った。くったくのない子供のような笑顔だった。

 

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(左)鋭利さは髪の毛のキューティクルに引っかかるかで確かめられる

(右)薄い電話帳の数ページをなんなくS字に切ることができる

 

工場に隣接されて建つ濱口誠の執務室に入ると、その光景には目を見張る。

 

管制室かと見間違うようなコンピュータ室である。

 

「1998年から、ネットショップを開設しています」

 

日本全国、世界各国を旅して、顕在的ニーズのみならず潜在的ニーズまでもを発見して、製品作りに反映した。それをネットを通じて、日本全国、世界各国に販売している。

 

仕事を終えた四代目豊国は真剣な形相が一転、子供のような笑顔に変わった

(左)仕事を終えた四代目豊国は真剣な形相が一転、子供のような笑顔に変わった

(右)パソコンを駆使して世界に販路を広げた

 

いまでも、濱口誠は工場を離れて、様々な刃物の現場に出向く。

 

「渓流釣りの現場で、どのように刃物が使われているか。あるいは山林の保全には、どんな刃物が使われているか。キャンプにも参加しますし、子供の料理教室にも出かけていきます」

 

仕事場にこもって、淡々と物作りを続けるのも職人の姿として格好良いが、仕事場を離れて、どういう物を作ればよいのかを探る旅を続ける職人も格好良いではないか。

 

ネットでコミュニケーションをとりながら、ニーズを顧客から聞き出し、そのニーズに応えようとする職人も格好良いではないか。

 

そうした技術に支えられた製品の良さを、ネットで発信する職人も格好良いではないか。

 

職人、濱口誠は、今日はいったいどこにいるのだろう。

 

取材・文章/浦山 明俊

撮影/川口 宗道

編集/吉野 健一

 


 

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