日本刀の技が作り出す刃物・トヨクニ


 

15500種を超える刃物のラインナップ

 

包丁ほど、誰にも親しみがある刃物はあるまい。

和三徳包丁は、昔から日本の家庭になじみのある包丁だ。

 

刃のついていない側を「みね」と呼ぶ。刃の部分は、先端から「刃先」「中心」「刃元」「あご」と呼ぶ。

つばがジョイント部分であり、手に握る部分を「柄」と呼ぶ。

 

日本の料理は、これらの部分を使い分けて調理される。

みねは、ゴボウの皮をむいたり、魚の鱗をそぎ落としたり、小魚を砕いたりする。

刃先は、魚の内臓を切り出したり、肉のすじを切ったりする。

中心は、もっとも活躍する。野菜を刻んだり、魚や肉を切ったりする。

刃元は、野菜の皮をむいたり、魚の骨やあらをたたき切る。

あごでは、ジャガイモの芽をえぐり切る。

柄では、ニンニクやキュウリなどをたたきつぶす。

 

本格的な日本料理では様々な包丁を使い分けるが、家庭で調理をするには、和三徳包丁があれば、たいていの料理が作れる。

 

上から、柳刃包丁、出刃包丁、和三徳包丁、菜切り包丁

上から、柳刃包丁、出刃包丁、和三徳包丁、菜切り包丁

 

トヨクニの刃物は日本刀を作る鍛造である。切れ味はするどい。

 

他にも日本式の包丁のラインナップを挙げよう。

菜切り包丁、烏賊裂き包丁、蛸引き包丁、ふぐ引き包丁、かつお包丁、すいか切り包丁、レタス包丁、牛刀包丁、そばうどん包丁、麺切り包丁、鰺切り出刃包丁、柳刃包丁は刺身を切るときの包丁だ。薄刃包丁は、繊細な野菜の細工専用に使われる。

 

包丁に専用性を求めればきりがない。トヨクニでは、ここに列挙した包丁を手作りで、鍛造している。

 

トヨクニが作るのは、包丁だけではない。

狩猟用ナイフだけでもサイトには70種類以上の刃物が掲載されている。

 

洋式ナイフ、カスタムナイフ、サバイバルナイフ、キャンプ用のナイフ、釣り用ナイフ。

鉈、斧、鎌、鋤(すき)……と、15500種類以上の製品が鍛造によって作り出されている。

 

すべてを在庫として抱えているわけではない。

人気商品は、あらかじめ鍛造してすぐに発送できるようにしておく。しかしほとんどの商品はお客からのオーダーが寄せられたときに、鉄と鋼のかたまりから製造するのだ。

 

濱口誠をはじめとするトヨクニのスタッフが職人であるからこそ、この業務形態が成立する。

 

日本刀を彷彿とさせる長刀

日本刀を彷彿とさせる長刀

 

「こんな刃物が欲しいが、作れないか」

 

という注文にも、応じられるのである。そのオーダーは、「待っていても、寄せられない」

と濱口誠は言う。

 

いまでは世界中からオーダーが寄せられるようになったきっかけは、鍛冶職人としての挫折にあった。

 

2003年4月。日本農業新聞に掲載する記事を執筆するため、私はトヨクニを訪ねた。

 

農具の刃物は、大量生産品が普及し、また機械化も進んで、農具刃物(鎌、鍬、鋤など)を手作りしている職人は日本から激減していた。

 

私はネット検索に頼らず、日本各地の農家へ聞き取りを重ねて、高知県の南国市に、農具刃物を手作りし、その修理にも応じていると多くの農家から聞かされたトヨクニの工場を訪ねたのであった。

 

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父親や兄が鍛造する。濱口誠は、父親の濱口大輔(はまぐちだいすけ)の弟子だった。

 

もっとも熱心に鍛造のハンマーを叩いているのが濱口誠に見えた。

 

「違うんです。私はパンパンパンッと6回ほども腕力に任せて叩かないと、成形できないわけです。父親はパンパンッと3回ほど叩くだけで、成形ができる。金属の結晶を整えてしまう。必要最低限の回数しか打たない。筋力任せではなく、身体全体のバネを使って高齢なのに、私より素早く金属を思い通りに仕上げてしまう。兄もそうです」

 

と私に打ち明けた。

 

2003年当時に濱口誠が鍛造した小刀を私は、いまでも愛用している。

 

切れ味は衰えず、和紙を寸断する。

和紙は、繊維が不揃(ふぞろ)いで強靱(きょうじん)な紙なので、カッターナイフなどでは切れない。

西洋ナイフでも切れない。

 

つまり2003年当時に、濱口誠はすでに一流の鍛冶の職人だったことを裏付ける。

それなのに、濱口誠は職人としての自分に挫折感を抱いていた。

 

荒研ぎから仕上げ研磨まで、数種類の回転式やすりが使われる

荒研ぎから仕上げ研磨まで、数種類の回転式やすりが使われる

 

父親や兄に、どんな刃物を作らせたら、売れるのか。

伝統的な日本式刃物を作り続けていたトヨクニの転換期が訪れる。

 

「親父、こんなもの作れるか?」

 

と濱口誠は、西洋ナイフの設計図を父親に見せた。

師匠である濱口大輔は、設計図通りの西洋ナイフを鍛造してみせた。

 

濱口誠が作成し、管理していた自社サイトに掲載したところ、大ヒット商品として売れた。

 

山林用刃物セットは腰に下げられるように木製ホルダーとセットで販売されている

山林用刃物セットは腰に下げられるように木製ホルダーとセットで販売されている

 

では、次にどんな刃物を作ったら売れるのか。

「それを知るためには、刃物が使われている現場を体感する必要がある」

 

アメリカ、ドイツ、フランス、スイス、ハンガリー……。濱口誠は刃物が使われる現場に足を運んだ。

 

「イタリアでは、ワイン用の葡萄栽培の現場で、剪定(せんてい)ばさみを使いやすく、切れやすい商品に改良するヒントを得ました」

 

いつでもパスポートを用意していた。

 

「ロシアでは、レザークラフトの加工用の刃物をもっと改良するべきだと発見しました」

 

現場に出向いて、刃物を使っている人の話を聞き、さらにその作業を見つめた。

 

「インドではS字型の刃物が使われているのを見てきました」

 

さらにその国のデザイナーと打ち合わせをして、使いやすい形や、国民性に合ったデザインの刃物を鍛造する道を開拓した。

 

職人としての挫折の自覚が、世界中のニーズを探査する旅に開花したのである。

 

では、濱口誠は職人として父親や兄を越えられなかったのか。

 

そんなことはない。私が見る限り、日本が世界に誇る鍛冶の職人が濱口誠である。

 

その仕事ぶりを第三話では紹介しよう。

 


 

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