生地が美しく蘇る魔法の穂先 南部箒


 
南部箒は、洋服ブラシや、室内の掃除に使うだけではない。
 
高倉清勝は南部箒について、こう説明する。
「和洋服ブルーム(洋服ブラシ)でも、床、カーペット、ソファー、自動車のシート、ベッド、キーボードまで掃除できます。生地の種類は問いません。カシミヤでも、ウールでも、シルクでも、皮革でも、1本の南部箒で生地を傷めることなく、ほこりを取ります。生地を調えます。箒の大小は、使い勝手に合わせるためです」
 
穂先が汚れたら、水洗いをして、乾燥させる。
「干さないと、カビが生えることがあります。天然素材なので、これだけは注意していただきたい」
 
そこまで聞かされて、倉庫に並ぶ南部箒を眺めていたら、柄の長い長柄箒が欲しくなった。
 
私の暮らすマンションには、畳はない。カーペットとフローリングの床だけである。
 
掃除機をかけたばかりでも、ほこりが舞いあがる。
何より、掃除機をかけると、カーペットの糸がほつれて吸い込み口にからまる。
無残にちぎられたカーペットの痕跡は、眺めるたびに不愉快になる。
 
ホコリを取るだけではなく、カーペットの繊維を調えるのだとしたら、カーペットを数年おきに敷き替えるよりも、安く済む。何より、心地よい清潔な部屋に暮らせるだろう。
 
「こんな手のひらサイズの箒も作っています」
と見せられたのは、キーボード専用の小型の南部箒だった。
やはり穂先が縮れている。
2,500円から5,000円だという。
 
購入したかったが、恥ずかしいことに財布には1,000円しか入っていない。
コンビニエンスストアも銀行も近所にはない。キャッシュディスペンサーはない。
 
クレジットカードで生活できる東京とは、九戸村はまったく勝手が違う。
都市生活者であることを恥じるような気持ちだった。
 
東京の暮らしについて私は、高倉清勝と談笑していた。
すると、高倉清勝はイギリスの首都、ロンドンに行ったときのことを語り始めた。
 
穏やかな笑顔の高倉社長
穏やかな笑顔の高倉社長
 
2013年1月に、高倉清勝はロンドンにいた。
ハイパージャパンというイベントで南部箒を展示した。
 
「欧米には、日本のような箒はないので、理解されなかったのではないですか」
と私が質問すると、高倉清勝は、こう答えた。
「魔女が乗る箒があるではないですか。だから南部箒を受け入れてもらえると信じていました」
 
ロンドンっ子の好評に手応えを感じた高倉清勝は、その足でハロッズを訪れた。
 
「掃除用品を見たいのですが」
そう申し出て、高倉清勝が案内された売り場には、
「ダイソンとルンバしか置いてありませんでした」
 
高倉清勝は、なおも箒類を見たいと思った。
「洋服ブラシを見たいのですが」
てっきり、ケントの洋服ブラシが陳列されていると思っていた。
しかしケントの洋服ブラシはハロッズには置かれていなかった。
 
ホコリを除去する道具は、電化製品しか扱っていない。それがハロッズの現実だった。
 
私はにわかには信じられず、8月21日にロンドン大学卒の翻訳家、鈴木美恵子に依頼した。
「ハロッズに、事実を問い合わせて欲しい」
 
8月22日にハロッズから鈴木のもとに、回答メールが届いた。
 
残念ながら、あえて残念ながらと言いたい。
高倉清勝の体験談は、事実だった。
ハロッズではケントの洋服ブラシを扱っていない。
掃除用具は、ダイソンとルンバしか置かれていない。
 
ほこりを取るなら、家電品で済むとハロッズは考えているのだろうか。
 
紳士淑女の国、イギリスを代表する伝統的百貨店のハロッズに向けて静かに、こう言いたい。
「では紳士淑女のスーツやコートの毛並みを調える能力は、家電品にあるというのか」
 
服飾を調えることは、生活を調えることである。それを人は礼儀とも呼ぶ。
 
私は、イギリス式の全寮制高校で、生活のマナーを叩き込まれた。
東京都立秋川全寮制高等学校。
イギリスのイートン・カレッジをモデルに設立された高校だった。
 
島村謙校長の訓示を、だから私は今日でも忘れない。
 
「人前で上着を脱ぐのは、相手を侮辱したいときだけである。ネクタイの結び目をゆるめて、シャツのボタンを外すのは、敗北したときだけである。自分の尊厳を正し、相手に礼儀を示すために、諸君は、服飾のマナーを決して忘れてはならない」
 
「誰も見ないところにこそ、真の誇りがある。上着の裏地のことではない。部屋の掃除は諸君の生き様を知らず知らずのうちに映し出す。飾り立てた部屋ではなく、無駄なく清潔な部屋に保て。侍は、そうして剣の腕を磨き続けてきたのだ。乱れた部屋に暮らしていると、斬り合ったときに負けて、殺される」
 
その教育を受けたから、私は洋服にブラシをかけ続けた。
 
掃除は決して上手いとはいえない。
作家である私には、蔵書が多すぎる。書類が多すぎる。
そして雑念の思考が多すぎる。
雑念の思考は、部屋を散らかす。
 
違う、部屋が散らかっているから雑念の思考をするのだ。
ところがこの雑念の思考から、小説のストーリーを着想することがある。
生活に支障がない程度に、部屋は散らかっている。
 
ケントの洋服ブラシから、南部箒の和洋服ブルームに替えたのは、自己満足ではない。
斬り合ったときに、負けないためである。
 
取材・文章/浦山 明俊
撮影/川口 宗道
 


 
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