生地が美しく蘇る魔法の穂先 南部箒


 
高倉徳三郎はひと言も発しない。ホウキモロコシの穂先を揃え、茎を折り曲げて編み上げていく。
 
なだらかに流れる手作業
なだらかに流れる手作業
 
何ができあがるのか、2メートルほどの茎を編み上げていくその手先を見つめても分からない。
 
高倉徳三郎の手先を眺めていると、睡魔に襲われた。猛烈に眠い。
シューベルトの『弦楽四重奏第13番イ短調(ロザムンデ)』第二楽章を聴いているみたいだ。
 
静寂と緊張の空間で、無駄な手の動きがなく、なだらかに流れるような手作業が続く。
 
81歳になる高倉徳三郎は9歳の頃から、箒を編み上げてきた。
箒だけではない。藁沓(わらぐつ)、茣蓙(ござ)、椅子。身の回りのものはわらで編んだ。
ホウキモロコシの栽培に特化するより昔のことである。
稲作栽培で、米を収穫した後に残る茎がわらである。
 
編み上げた工芸品は、自分たちで使うだけではなかった。
市街地に持って行く。山里では食べられない魚や、農機具の鎌や鍬と交換した。
 
そうした流通経済は、日本が1950年代に工業国家に変貌する以前の東北には当たり前にあった。
 
逆説的に言いかえれば、このような流通経済は日本の工業国化によって失われたのである。
 
わらの編み上げで、生活用品を作り上げる技術も、衰退した。
 
高倉徳三郎は、そんな時代の変化には関心がないように、無骨にわら編みを続けた。
 
わらという、稲作の残留物で、手だけを使って生活用品を作り上げる。
人生をかけるという大げさな気持ちではなく、ものを作ることが無性に好きだった。
 
だから、私の目の前でいま淡々とホウキモロコシを編み上げるように、藁沓を、茣蓙を、椅子を編み続けたのである。崇高な技術とは、何かを掌握し、何かを支配し、何かを制圧しようとする精神からは生まれない。
 
淡々として、作り続けること。田園に置かれたチェロを独奏するように、たとえその田園に聴く人がいなくても、奏で続けること。流れるように、歌うように。
 
高倉徳三郎のカンタービレは、最終楽章に入ったことすら私たちに悟られないような一瞬で終わった。
 
編み続けられたホウキモロコシは、30分ほどの作業の、最後の1分で形を現した。
和洋服ブルームだった。
 
私が日本橋三越で購入した和洋服ブルームは、こうして作られていたのかと目を見張った。
 
何も語らない高倉徳三郎の息子が、高倉清勝である。
南部箒を編み上げる職人技は、どのようにして高倉清勝に受け継がれたのか。
 
おそらくは口伝ではない。
高倉徳三郎の手を、高倉清勝の目が見つめ、清勝の手が、言葉より雄弁に職人技を学んでいったはずだ。
 
窯に薪がくべられる。熱湯が湧く。午後3時だった。
 
ホウキモロコシを熱湯に漬ける
ホウキモロコシを熱湯に漬ける
 
収穫され、穂先から実を落とされたホウキモロコシが、熱湯に漬けられる。
「殺菌と害虫駆除と、カビの防止の意味もあります」
とホウキモロコシを熱湯に漬けながら、高倉清勝が説明してくれた。
ひと束を熱湯に漬けるのは、わずか10秒である。
 
熱湯に漬けられたホウキモロコシは、ゆであがったアスパラガスのように青々とした香りを放つ。
 
まだ香りが漂ううちに、ホウキモロコシは乾燥室に運ばれる。
 
真夏は室温が50度を超える。
乾きを均等にするために、ホウキモロコシは手作業で上層と下層が入れ替えられる。
自然乾燥は9月末まで続く。1ヶ月以上の自然乾燥を続ける。
 
乾燥したホウキモロコシは、1本ずつ目と手でチェックされて、10ランクに仕分けられる。
 
縮れ具合や、コシの強さに応じて、10ランクに選別されてから、箒に編み上げられる。
 
それが10,000円から500,000円までの価格差に反映される。
 
500,000円の価格にふさわしいホウキモロコシが収穫できるのは、
「3年に1本、育ってくれるかどうかですね」
と高倉清勝は言う。
 
手と足で束ねる
手と足で束ねる
 
栽培地の雑草駆除に農薬を使わない。
手で摘み取る他に、雑草の上に土をかぶせる。
最低でも4回は、土をかぶせる。
それが5月から6月にかけての仕事である。
やがて、日照をホウキモロコシの繁茂が、雑草から奪う。
こうして雑草の生育にまさったホウキモロコシを8月から収穫するのだという。
 
「収穫は毎年8月20日と決まっていません。天候が収穫期を決めるんです。昨年は8月17日からでした。おととしは8月22日からでした。生育の状況を1日に何度も確かめに畑を訪れます」
と高倉清勝は、ままならない8月に、外出もできない境遇を、笑いながら語る。
 
それでも、高倉清勝は、南部箒を販売するために、日本の都市部のデパートに出向く。
東京、大阪、名古屋、福岡、札幌、仙台……。
 
日本だけに留まらない。
欧米にも南部箒を運んで、販売会に参加する。
 
ロンドンに南部箒を持ち込んだときに、高倉清勝を驚かせたエピソードがある。
 
その事実には、私も驚いてロンドンに確認したほどだった。
その事実とは何か。次回にお話ししたい。
 
手が語る職人の歴史
手が語る職人の歴史
 


 
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