服飾のコンサルタント職人 鵜飼孝次


 
スーツ、シャツ、ネクタイ、ベルト、靴の5点セットが完成した日に吉野健一は美容室にいた。鵜飼孝次は吉野健一の髪型やひげや眉の形を整えるように、美容師に指示を出す。
 
「女性のお客様には、髪型だけではなく化粧の仕方もアドバイスします」
 
思案…、決断…、ばっさりカット
思案…、決断…、ばっさりカット
思案…、決断…、ばっさりカット
 
それだけではない。カバン、眼鏡、腕時計、ペン、ライター、財布、指輪などのアクセサリー。その人の魅力にマッチした自動車やバイクの車種までアドバイスするという。
 
「スプリングやオータムの色彩が似合う人は、基本的にはゴールドの装飾品や持ち物が似合います。サマーやウインターの色彩が似合う人にはシルバーが似合います」
 
吉野健一の足元を見て欲しい。マッケイ縫いのコンビ靴である。
 
鵜飼孝次は、靴の採寸をしたときに、こっそりとうなずいた理由を明かしてくれた。
「吉野さんの風貌からすると、イギリスのトリッカーズ社の靴のような堅牢が特長のグッドイヤーウェルト式製法のごつい靴が似合うと思うでしょう」
 
思案…、決断…、ばっさりカット
思案…、決断…、ばっさりカット
柔らかく、足全体を包み込むマッケイ縫い
 
重量のあるがっちりした靴。丈夫で耐久性が高く、ソール交換などのメンテナンスもしやすい。アメリカ、イギリスなどの紳士靴に多く見られる。
 
「しかし採寸にいらした吉野さんは、ビーチサンダルを履いていた。普段から反り返りの柔軟な歩き方に慣れているわけです。となると、堅いグッドイヤーウェルト式製法のごつい靴だと、歩きにくさを感じて、靴を履くと痛いと感じるかもしれない。だからマッケイ縫いの靴を作ったのです」
 
マッケイ製法の長所はインソールに敷くコルクを限りなく薄くすることができる。新品のうちから靴底の反り返りが柔らかい。足全体を包み込むような仕上がりになる。イタリアの紳士靴に多く見られる。
 
履いて、履いて、履いて
履いて、履いて、履いて
 
「吉野さんがスーツを着るのは、アスファルト道の都会に限られるでしょう。浦山さんのように、地方都市の砂利道や山道にもスーツを着ていくライフスタイルではありません。編集会議や広告主との打ち合わせに着ていくなら、エレガントなマッケイ製法の靴なのです」
 
裏地のおしゃれ、100年伝統の布地
裏地のおしゃれ、100年伝統の布地
 
シャツはベージュ色のボタンダウンである。
鵜飼孝次は、その理由をこう説明してくれた。
「純白のシャツは、ウインターの色彩群が似合う人には勧められるのですが、それ以外の季節の色彩群を持った人には、じつは似合わないのです」
 
純白のシャツこそ、紳士のたしなみと信じていた私は、愕然としたものだ。
 
ボタンダウンは、本来はアウトドアシャツである。
イギリスのポロ競技の選手が、風にあおられてはためくシャツの襟をボタンで留めていた。
アメリカのブルックスブラザースの創業者、ジョンブルックスは、その選手にヒントを得て、襟を小さなボタンで留めるシャツを売り出した。
これが大ヒットして、典型的なアメリカンシャツの地位を確立した。
 
だからヨーロッパでは、風が吹かない室内でボタンダウンシャツを着用するのはマナー違反と考えられてきた。しかし時代は変遷した。ボタンダウンシャツがビジネスシーンで活躍している。
 
醸し出す風格とダンディーの調和
醸し出す風格とダンディーの調和
醸し出す風格とダンディーの調和
 
「ボタンダウンは、ネクタイに慣れていない人でも、結び目が襟の中心に収まるように設計されています。毎日、ネクタイを締めないであろう人にはお勧めのシャツです」
 
ノーネクタイで仕事をする人は、日本やアメリカのみならず、伝統的なヨーロッパでも当たり前の着こなしになってきている。
 
「吉野さんが日本の酷暑でも、フォーマルに装うならネクタイを締めないボタンダウンシャツは適しているでしょう。 ボタンダウンは第一ボタンを外しても襟の形がくずれません。首周りもきれいな形状を保ちます。首元のVゾーンはスーツスタイルを決定づけます。首元にボタンが付いたシャツは、襟が他のシャツよりもさらに高くなるため、ボタンをあけたとき、小顔に見えるのです。ノーネクタイのシーンでもだらしない印象になりません」
 
ビフォー&アフタービフォー&アフター
ビフォー&アフター
 
左から鵜飼氏、吉野氏、筆者
左から鵜飼氏、吉野氏、筆者
 
銀座スタイリストは、名古屋にある尾張屋洋品店の東京店である。
尾張屋は2016年で創業90年を迎える老舗だ。元々は履物店だった。
鵜飼孝次は三代目当主である。孝次の代で履物店から洋品店として営業するようになった。1996(平成8)年のことである。
 
履物店の店主として、おしゃれに装いたいという人たちにアドバイスをしていた。
「それなら、あそこのブティックにあなたに似合う上着があるよ。スカートがあるよ。靴ならどこのブランドのどんな靴が似合うよ……とね」
 
ところが再来店した客は、まったく似合わない服を着ていることが多かった。
ブランドは、たしかにそこのブティックの服飾だが、色や形が似合っていない。
「尋ねると、店員から勧められたというのです。なぜだろうと思っていましたが」
 
思い当たるのは、店員のノルマだ。別の洋服を求めてきた客にも、ブランドの最先端発表服を店員は売らなければノルマを達成できない。あるいは在庫を精算するために、客の求めとは異なる服を勧めなければならない。
 
ブランドやブティックの最新スタイルや、その年の流行色が勧められる。ときには在庫を勧められる。たとえ客の個性に似合わなくてもだ。
 
「それなら、何もないところから自分がすべての服飾品を作って提供しようと思い立ったのです」
 
こうして尾張屋洋品店は誕生した。2014(平成15)年には、東京に銀座スタイリストの店舗を進出させた。だから鵜飼孝次は、名古屋と東京とを往復する生活を送っている。
 
洋品店としては異質である。陳列品も在庫もない。裏を返せば在庫を抱えなくて済む経営である。
 
鵜飼の色彩分析や服飾タイプ分析は、アメリカのキャロルジャクソンが創案した「カラーミービューティフル」に学んだ。日本でコンサルタントの資格を持つ佐藤泰子に師事した。
 
鵜飼孝次は1991(平成3)年に、日本で男性としては初めてのコンサルタントの資格を取得した。
 
名古屋に鵜飼孝次を訪ね、尾張屋洋品店のドアを開けて驚いた。
シックな洋品店の中央で、名古屋のヘアメイクアーティストが客たちの髪を切っている。
店の奥には靴磨きスタンドが備えられ、靴磨き職人、佐藤我久の仕事場となっている。
 
鵜飼孝次は服飾のコンサルタント職人である。その職人センスを実体化するために、多くの優秀な職人たちが鵜飼孝次を支えている。優れた職人の目は、別の優れた職人技を選別して抽出する。
 
選りすぐりのネットワークを持つこと。
それこそが鵜飼孝次を職人たらしめている堅固なのだと私は思った。
 
日本人ばかりではなく、人種や国籍が異なったお客にも、鵜飼孝次はカラー分析と、ファッションタイプの分析を行う。
 
歌舞伎を鑑賞するかたわら、銀座スタイリストを訪れてみてはいかがだろう。
 
あなたの魅力を120パーセント輝かせる職人、鵜飼孝次の笑顔があなたを出迎えるだろう。
 
笑顔の筆者、鵜飼孝次
笑顔の筆者、鵜飼孝次
 
取材・文章/浦山 明俊
撮影/川口 宗道
 


 
問い合わせ窓口:一般財団法人雇用開発センター
問い合わせフォームか、03-5643-8220まで