南部箒(なんぶほうき)の和洋服ブルーミングで、コートの袖をはらったとき、私は声をあげた。
「何だこれは、ケントのブラシでケアしたときよりも、生地が美しく蘇るではないか」
 
服地を、美観に、清潔に保つにはブラッシングを欠かさないことだ。
「間違っても、街のクリーニング屋に洗濯させてはいけない」
と、私は高校生のときに化学の教師から教えてもらった。
 
天然毛とクリーニング液の化学反応が起こす、天然毛へのダメージのメカニズムを交えてだ。
それ以来、私はスーツに、ジャケットに、スラックスに、コートに、ブラッシングを欠かさない。
 
ブラッシングには、イギリスのケントのブラシを使ってきた。
 
生地が美しく蘇る南部箒
生地が美しく蘇る南部箒
 
2013年12月に、私はピアツェンツァのカシミアのコートをまとって、東京日本橋の三越百貨店にいた。
 
イタリアのピアツェンツァ社のカシミヤは、生地の表面をアザミの実を使って丹念に起毛させる職人技術に裏打ちされた風合いが魅力である。生地はツヤがあり、着ていて軽い。そして温かい。
 
だから私は、このカシミアコートをクリーニング店に依頼することなく、自らケントのブラシで、丁寧にブラッシングをして、ケアを続けていた。
 
三越では「日本の匠展」という販売イベントが催されていた。
 
そこで出会ったのが、南部箒だ。製作するのは高倉工芸である。
逸品は、直感で顧客を招く。
 
日本全国の職人技で作られた製品が並ぶなかで、南部箒はどちらかといえば目立たない展示品だった。
 
それでも私は興味をひかれた。素朴で質素な、どことなく日本人の郷愁を誘うような箒である。
 
南部箒の商品は、大きく4つに分類できる。
 
小箒 畳やフローリング、カーペットなどを掃除する。柄が短い。
住宅用。20.000円〜150,000円(税抜)+消費税
 
巴箒 畳やフローリング、カーペットなどを掃除する。柄が中間の長さ。
15,000円(税抜)+消費税
 
長柄箒 畳やフローリング、カーペットなどを掃除する。柄が長い。
10,000円〜500,000円(税抜)+消費税
 
和洋服ブルーム 和服、洋服をブラッシングする。机の上も掃除できる。
15,000円〜200,000円(税抜)+消費税
 
私が手に取ったのは、和洋服ブルームだった。簡単にいえば洋服ブラシである。
 
ピアツェンツァのカシミアのコートを前日の晩に、ブラッシングしたばかりだった。
 
高倉清勝は、にっこりと笑って、挨拶替わりに私のカシミアコートの袖口を和洋服ブルームでなでた。
 
それは、ほこりを払うという所作ではなくて、まさになでるという所作だった。
 
「えっ、おおっ」
と私が感嘆の声をあげた。
 
高倉清勝は、
「いかがです」
と短く、それだけを言った。
 
その短い会話だけで、充分だったのである。
 
コートの袖口は、濃紺色が鮮やかになった。新品のときの輝きである。
何より手触りがなめらかになっていた。
 
私は、賞賛の言葉よりも先に言った。
「昨日の晩に、ケントのブラシでケアしたばかりなんです」
 
高倉清勝は、私の言葉に返事をした。
「それでも残っていたミクロ単位の汚れが、いま落ちたんです」
 
私が手に持っていた和洋服ブルームは、25,000円だった。
持ち合わせがない。クレジットカードで支払いをするにも、来月の原稿料は生活費に消える予定だ。
 
「考えさせてください」
購入をあきらめた。それから半年の間、私の欲しいものリストから南部箒が消えることはなかった。
 
そして2015年6月に、三越でまた「日本の匠展」に南部箒が出展される日まで貯金を心がけた。
 
美しく素朴な南部箒
美しく素朴な南部箒
 


 
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