万年筆は出会いが勝負である。
どこのメーカーの、どの型番の、どの字幅(ニブサイズ)の万年筆を手にするか。
勝負はまだ決まらない。
同じメーカーの、同じ型番の、同じ字幅の万年筆を手にしたとしても、書き心地はまったく異なるのである。
万年筆は出会いを経て育てる筆記具である。
購入したときに、書き心地が良くなかったとしても、勝負はまだ決まらない。
紙にペン先を滑らせ続け、3ヶ月、半年、1年、3年と使い続けると、いつの間にか自分の書き癖に万年筆がなじんできて、書きやすい筆記具へと変化する。

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ラインナップ
ラインナップ

万年筆は変化を楽しむ筆記具である。
私の机の上には、私によって育てられ、書き心地が最高レベルに達した万年筆が7本ある。
私の机の引き出しには、私が愛情を注いだにもかかわらず、私に従順には育たなかった万年筆が30本以上は眠っている。
書き心地が良くなった万年筆は、もはや私の手とも心とも意思とも一体化する。
パソコンに向かって文章を構想するとき、優れたアイデアもレトリックも思い浮かばないとき、私は万年筆を手に取る。
筆致への渇望のような寂しさに、筆致への渇望のような情熱に、万年筆は必ず応えてくれる。
すらすらと文章を書き続けて、万年筆を紙面から離したときに、ふと思うのだ。
「あの日、この万年筆と出会わなかったら、この文章を書くというだけでわき上がってくる人生の豊かさを感じることはなかっただろう」と……。
だから、万年筆は出会いが勝負なのである。
育ててゆけば、必ず自分の至高の筆記具になってくれる。そんな万年筆はないだろうか。
そんな万年筆に出会うことはできないだろうか。

原料のゴムを伸ばす
原料のゴムを伸ばす

笑暮屋の万年筆は、すべて手作りである。
そして笑暮屋の万年筆は1つとして同じものは作られない。
購入者のオーダーに応じて手作りされる。カスタムオーダー制度で製造され、販売される。
東京の下町、荒川区の工房で職人たちが1本、1本を手作りしている。
笑暮屋の母体は、日興エボナイトという工場である。
エボナイトは、世界初の合成樹脂である。
天然ゴムと硫黄を掛け合わせ、熱処理によって生成される。
万年筆が誕生した1880年代から、万年筆の軸(ボディ)やペン芯に使われてきた。
耐酸性、耐アルカリ性に優れる。だからインクによる腐食に侵されない。硬質でありながら柔軟さを持ち合わせているので、握ったときに指に吸い付くようなすべり止め効果がある。
万年筆とみると、ペン先が勝負のすべてだと持論を展開する人もいる。
それは間違いではない。万年筆のペン先は、自動車のエンジンに相当する心臓部だ。
げんに笑暮屋の万年筆は14金ペン先をそなえている。ペン先から繰り出される文字の太さも、太字(B)、中字(M)、中細字(MF)細字(F)、極細字(EF)と多彩なラインナップである。
ペン先そのものの大きさまで、ボディサイスに合わせて変えている。
さらにペン先の返りを堅くするか、柔らかくするかまで調整してくれる。
本体のカラーバリエーションは、マーブル柄が基本で、黒+橙、黒+黄、黒+緑、黒+黄緑、黒+赤、黒+紺、黒+象牙色などが用意されている。
インク吸入方式は、オーソドックスなカートリッジ&コンバーター式、今では珍しいボタンフィラー式、そして現在は加工の難しさから見かけなくなってしまった、インク止め式が選べる。

素材としてのエボナイト
素材としてのエボナイト

自動車がエンジンだけでは走らないように、万年筆もペン先だけでは筆記できない。
ペン芯は、軸のなかのインクをペン先に供給する動脈である。
ガソリンをエンジンに供給し続けないと自動車が走らないように、ペン芯もまた大切である。
多くの万年筆ではペン芯にはかつてはエボナイトが使われていた。インクに腐食されないからだ。現在、多くの万年筆はエボナイト製ペン芯でない。合成樹脂で作られている。
エボナイトがペン芯に適している理由は、エボナイト特有の濡れ性により、インクの通りがスムースになるからだった。インクフローの良し悪しを決定づける要素として、ペン先との密着性も良い。
もちろん笑暮屋の万年筆のペン芯はオーダーすれば、エボナイト製で製作してくれる。
それも極上のエボナイトが使われる。
そうした万年筆の機動性を決めるのは、ボディだろう。
笑暮屋の万年筆は、自動車のボディに相当する胴軸もキャップも、すべてエボナイト製である。
自社で製造したエボナイトをふんだんに使った笑暮屋の万年筆は、贅沢な筆記具なのである。
万年筆は出会いが勝負である。
手に取ったときに、手に吸いつくような感触。それはエボナイトの胴軸だからこそ味わえる。
万年筆は出会いを経て育てる筆記具である。
握った感触が脳に伝わるとき、快感物質のドーパミンが放出される。
握ることが潜在意識下で快感をいざなうとしたら、そしてペン先は自分に合った大きさで、さらに堅柔まで自分の好みだとしたら、万年筆を育てることは苦行ではなく、日常の快楽習慣となるだろう。
万年筆は変化を楽しむ筆記具である。
使う日々を重ねるごとに、自分だけに応えてくれる自分だけの筆記具。
それが笑暮屋のエボナイト製万年筆の骨頂である。
エボナイト……。
それほど優秀な素材でありながら、エボナイトは他の合成樹脂に取って代わられてしまった。
それはどうしてか、第2話でご紹介しよう。

エボナイトを加工するドラムと筆者
エボナイトを加工するドラムと筆者

取材・文 浦山明俊